大いなるバビロンからの脱却 反キリストの原則の明確な発展 

――アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動――
~村上密牧師と津村牧師による鳴尾教会人事の私物化問題について~

著者 ヴィオロン


~異端の教えを無批判に取り入れ、無実の教会を迫害し、
正義の仮面を被りながら、カルト被害者救済活動を暴走させる
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と村上密牧師の危険~



  

写真:アッセンンブリーズ・オブ・ゴッド教団七條基督教会村上密牧師(上)と 
鳴尾教会の創立者のジュエル・プライス宣教師(下左)と 
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の津村昭二郎牧師(下右) 
出典: 村上密blog武庫川純福音キリスト教界NEWSより)




目次



第一章  悪魔の見果てぬ夢としてのカルト監視機構
1.全宗教界に君臨する抑圧機関の創設を目指す村上密氏の野望



第二章  鳴尾教会に起きた事件とは何だったのか。



第三章  津村昭二郎氏と村上密氏による鳴尾教会からの後継者の追放
1.事の発端 
    ~鳴尾教会を引退するつもりのなかった津村昭二郎牧師~


2.騒動の原因
    ~村上密氏の介入により、密室で決められたAB伝道師の鳴尾からの異動~


3.津村氏をめぐる疑惑
    ~教団側文書によって明らかになった津村氏によるAB伝道師に対する一方的な嫌疑と理不尽な扱い~


4.混乱の深化 ~村上密氏による暗闇での鳴尾の人事への介入の問題点と、津村氏の責任をあいまいにした教団側の不透明で不適切な対応~

5.繰り返される悪夢
 ~教団側から鳴尾牧師に再びかけられた嫌疑~


6.事件のパターン化
 ~「津村氏の呪縛」? 村上サイドから鳴尾教会の牧者に繰り返されている攻撃~


7.「魔女狩り」の背景
 ~津村氏と村上氏の男尊女卑と唯我独尊の思想~


8.「魔女狩り」の理由その2
 ~村上氏は鳴尾をブランチ化したかった?~


9.本当の「異端者」は誰か?
 ~自己の無謬性を主張し、自ら神に代わって裁きを行うという異端~


1. 伝道師夫妻が教団へ宛てた苦情の手紙と津村昭二郎牧師の反論



(この論稿は執筆中です。続きは完成次第、アップロードします。転載はご遠慮下さい。)


第一章  悪魔の見果てぬ夢としてのカルト監視機構



1.全宗教界に君臨する抑圧機関の創設を目指す村上密氏の野望

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。羊の囲いに門からはいらないで、ほかの所を乗り越えて来る者は、盗人で強盗です。
しかし、門からはいる者は、その羊の牧者です。門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。
彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は彼の声を知っているので、彼について行きます。
しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」(ヨハネ10:1-5)
 



アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師が、プロテスタント教会のカルト化問題を訴え、この問題を解決する手段として、カルト監視機構の設立を提唱して以後、筆者は、 記事
「カルト監視機構という名の秘密警察」などの中で、クリスチャンを名乗っている人々が、聖書によらずに人間の正義を掲げてこのような機関を作るべきではなく、人の心に潜む罪と悪の問題をこのような外側からの強制力によって解決しようとする試みには何の希望もなく、かえって教会に恐ろしい混乱をもたらすだけであると繰り返し警告して来た。

もしそのような機構が設立されれば、必ず、その活動は暴走し、教会のカルト化問題が解決されるどころか、諸教会には密告と、疑心暗鬼が横行し、人間の思惑に基づいて今まで以上に恐ろしい支離滅裂な異端審問が行われ、魔女狩りが横行するようになるだけであると述べて来た。


これに対して、村上密氏は自身のブログにおいて、こう反論している。

ザビエルの光と影 2010年 07月 22日

「雑感ですが、私は過去に「カルト監視機構」の必要性を訴えました。このことに対してある人が「『カルト監視機構』という名の秘密警察」と批判したことがありました。カルト監視機構が国家権力と結び付かない限り秘密警察とはなりません。むしろ、自民党政権下、自民党と協力していたカルト宗教が「スパイ防止法」制定に奔走しました。この法案が宗教をも監視下に置くことは一部の人にはよく知られていました。カルトを叩いていた私や他の人がカルトから監視されることも考えられたのです。危ういのは権力と結び付いた宗教です。キリスト教の一牧師の案に大袈裟な警告は夢想家の戯言です。

「ある人」とは明らかに筆者のことである。だが、この村上密氏の論理には重大な飛躍がある。まず、村上氏はカルト監視機構が国家権力と結びつかない限り秘密警察とはなりませんと述べているが、この点は完全な論理のすり替えであり、全くの誤りである。

おそらく、同氏がここで強調したかったことは、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団を含め、プロテスタントのキリスト教界全体が、この世の政治活動と一線を画し、政界への進出を目指しておらず、国家権力の掌握を目指していないので、たとえカルト監視機構が設立されたとしても、これが国家権力と結びついてその庇護を受けて、無制限の権力機関となることはなく、仮に暴走することがあったとしても、その被害も小さなものに食い止められるだろう、という予測であるものと思われる。

だが、仮にそう考えたとしても、それでもやはり村上密氏の主張は、極めて大きな矛盾を抱えている。 まず、第一に、村上氏はここで国家権力だけを危険視しているが、危険なのは、国家権力だけではなく、文字通りあらゆる権力である。

権力とは、組織と個人との間に、個人と個人の間に、あらゆる形で存在しうるものであり、これを乱用する人間が現れれば、いつでもいかようにでも悪用されうる危険性を持つ。規模の大小を問わず、あらゆる権力は腐敗しうるのであって、宗教もその点は同じである。むろん、宗教団体もそれ自体が強大な権力であり、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団も一つの強大な権力である。

このことを、教会のカルト化という問題を扱って来た村上密氏が否定することはできないであろう。

だが、時として、宗教には国家権力以上の暴走の恐ろしさがあると言えるのは、たとえば、国家権力は、国が定めている秩序を破壊し、これに立ち向かって来るような人物に対しては、逮捕、裁判、懲役などの、法の強制力によって脅かし、排除することができるが、宗教は、神の概念を用いさえすれば、法のどんな厳しい裁きも及ばないほどの深みまで、人の内心に立ち入り、これを支配することが可能だという点である。そこにカルト化問題の恐怖も存在する。
 
しかし、宗教がこのように悪用される危険性があるからと言って、キリスト教界のカルト化問題を食い止めるために、村上密氏が主張しているカルト監視機構のように、宗教権力を超えるさらに強大な権力を設立することによって、教会を取り締まろうという発想は、いわば、毒を持って毒を制す」式の考え方であり、これは教会に今よりもっと恐ろしい権力乱用の危険性を生み出すだけで、カルト化問題に根本的な解決をもたらすことは絶対にない。
 
宗教権力を超えるさらなる権力を作り出すことによって、宗教権力の腐敗を取り締まろうと言う村上氏の発想は、権力によって権力を制するというトートロジーを意味し、権力は腐敗するという問題を含め、人間の心の悪の問題の本質に何ら迫ることができないばかりか、宗教全体を取り締まることのできるような未だかつてないほどの強大な宗教権力を作り出すことによって、さらなる権力の悪用と腐敗の危険性に道を開くことなる。


村上氏は、カルト監視機構が国家権力と結びつかない限り、秘密警察とはなりません」と述べているが、同氏は、カルト監視機構そのものが、腐敗した宗教権力や、悪意ある宗教指導者と結びつく時に起きる危険性をまるで考慮しようとはしていないのが、笑止千万である。
 
腐敗した宗教指導者が、自らの悪事を覆い隠すために、カルト監視機構を隠れ蓑に活動する危険性、カルト監視機構のメンバーが自ら誘惑に駆られて権限を悪用する危険性、もしくは、最初から悪用を目的にして、悪意ある人間がカルト監視機構に入り込み、これを私物化する危険性などは、誰にでもすぐに思い浮かべることが可能だ。なのに、どうしてそのような単純な危険性さえ、同氏の構想においては全く考慮されていないのだろうか?

 
村上氏の構想では、悪意ある人間によってカルト監視機構そのものが悪用された時、誰がこの権力を「監視」し、その暴走を食い止めるのかという問題は、極端なまでに過小評価され、全くと言って良いほど考慮されていない。このことは、カルト監視機構は決して間違うことはないことを同氏が前提にしていることを意味し、その非現実的で楽観的な前提の下に、この監視機構に事実上、無制限の権限を付与せよと、同氏が提唱しているに等しい。

村上氏は、カルト化教会の牧師が誤りに陥る危険については声を大にして訴えながら、自分自身を含め、カルト化を監視すると言っている側の人間もまた同様に、与えられた権力の大きさに誘惑されて、誤りに陥る危険性を微塵も考慮していないのである。取り締まられる側には誤りがあっても、取り締まる側である自分たちは決して誤ることはないとの浅はかで身勝手な思い込みを前提に、同氏のあらゆる構想が立てられているのである。


なぜ村上氏はそのように自分自身だけは決して誤らないという絶対的なまでの自信を持つことができるのだろうか? それは村上氏が自らをそれほどまでに敬虔なキリスト教徒と自負していたことから生じた思い込みなのであろうか?
  
それにしても奇妙なのは、村上氏が、カルト監視機構のメンバーに、初めからキリスト教の信仰を持たないこの世の有識者を据えようとしていた点である。村上密氏は、カルト監視機構の設立を呼びかけるにあたり、最初からそのメンバーとして、宗教家や臨床心理士や弁護士や法律家などといったこの世の有識者を念頭に置き、さらには日蓮宗や天理教の教職者といった協力者も思い描いていた。こうしたことを見ると同氏がカルト監視機構のメンバーとなるための条件として、敬虔なキリスト教の信仰は必要ないと考えていたことむしろ、キリスト教とは全く異なる他宗教の信者らを最初から大いに歓迎するつもりであった様子が伺える。

そうなったのは、村上氏がカルト監視機構におそらくは最初から、プロテスタントのキリスト教界のみならず、全宗教を監視する役割を持たせようとしていたためだと考えられる。すなわち、同氏はカルト監視機構というアイディアによって最初から、あらゆる宗教の枠組みを超えて、全ての宗教を上から監視し、抑圧することのできる強大な抑圧機関の創設という構想を抱いていたのである。それゆえ、同氏は最初からこの機構の性質をキリスト教に偏らない「リベラルなもの」としておくために、そのメンバーをキリスト教の信仰者に限定するつもりがなかったのだと見られる。

「■ 『カルト監視機構』、設立へ
 村上密(アッセンブリー京都教会牧師)とウィリアム・ウッドは、『カルト監視機構』の設立に向けて、具体的に動き始めました
。この機構の目的は、カルトと疑問視されている団体を調査し、適正な判定を下し、発表することです。
構成は、カルト問題に精通している宗教家、臨床心理士、弁護士、法律家など、6人から12人ほどです。先日、プロテスタント教会、聖公会、日蓮宗、及び天理教の教職者で、カルト問題に取り組んでいる方々への協力要請の手紙を出し、六月中に最初の会合を持つことを予定しています。

また、『集団のカルト度に関するアンケート調査』も作成しています。その内容は六つの項目(組織、指導者、信者の実生活、組織活動、家庭生活、被害)に分かれており、百以上の質問からなっています。一つの団体に関する、正確でかつ公正な判断を下すのに不可欠な資料になると思われます。自分の属している団体の『カルト度』を計りたい方に、『集団のカルト度に関するアンケート調査』をお送りします。」 
真理のみことば伝道協会 カルト関連NEWSより)
 
以上から分かるのは、村上氏が、教会のカルト化という問題をきっかけに、キリスト教会を外部から監視する必要を訴え、この監視の役割を、信仰を持つクリスチャンではなく、信仰を持たないこの世の不信者に委ねようとしていたことである。

ここに、キリスト教の信者にとっては決して看過することのできない極めて恐ろしい重大な問題がある。もしも村上氏のこのような構想が実現したならば、必ずや、キリスト教界の自治が破壊されるだけでなく、キリスト教会がキリストへの信仰を持たないこの世の不信者の管理下・支配下に置かれ、聖書に基づく霊的秩序が、この世の秩序よりも下位に置かれるようになるためである。

他の記事でも幾度も訴えて来たことであるが、そもそもキリスト教会における信仰生活の正常性を、キリスト教の信仰を全く持たない外部の人々がおしはかるという発想自体が、ナンセンスである。使徒パウロは、教会の中で起きた争い事を、信者がこの世の人々の前に持ち出して、不信者の裁きに委ねるようなことをを勧めていない。

「あなたがたの中には、仲間の者と争いを起こしたとき、それを聖徒たちに訴えないで、あえて、正しくない人たちに訴え出るような人がいるのでしょうか。
あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。
私たちは御使いをもさばくべきものだ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないはずではありませんか。
それなのに、この世のことで争いが起こると、教会のうちでは無視される人たちを裁判官に選ぶのですか。
私はあなたがたをはずかしめるためにこう言っているのです。いったい、あなたがたの中には、兄弟の間の争いを仲裁することのできるような賢い者が、ひとりもいないのですか。
それで、兄弟は兄弟を告訴し、しかもそれを不信者の前でするのですか。
そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。」(Ⅰコリント6:1-7)


このように聖書的な観点から見ると、たとえ教会の中で仮に権力の乱用という問題が起き、それによって争いや混乱が引き起こされることがあっても、村上密氏の考えるように、カルト監視機構を作って、教会の問題をこの世の人々の仲裁に委ねることは、全く勧められていないのである。

それどころか、争いごとの発生をきっかけに、教会がこの世に助けを求め、この世の法則を内に取り入れ、この世の評価や裁きに身を委ねて行くことは、聖書の定める霊的秩序の転覆を意味する。なぜなら、それはキリストの十字架を通して、この世に対して死んで、神の定めた霊的秩序に生きるようになった信者(=この世から召し出された神の教会なるエクレシア)を再びこの世の堕落した秩序の管理下に置いて、この世を教会の上位に据えることで、最終的には悪魔の秩序を神の秩序よりも上位に掲げることを意味するからである

そこで、もし村上氏の唱えるカルト監視機構が実現すれば、教会はカルト監視機構を通して、絶えず、自分たちが外からどう見えるかにおびえ、気を遣わなくてはならなくなり、この世の有識者の判断や評価に気を遣い、振り回され、カルト監視機構から「疑いあり」とみなされて、取り締まりの対象とされたくないばかりに、自主的にカルト監視機構に迎合し、喜んでこの世と一体化する道へも逆戻って行くことであろうと思われる。

その結果、この世の権力闘争とは一線を画して、平和で穏やかな信仰生活に専念することを決めたプロテスタントのキリスト教界が、再びこの世の権力闘争に引き戻され、この世の政治権力と結びつくという、歴史を逆行するような結果も生まれかねないと予想される。

こうしたことからも、村上密氏が思い描く発想は、決して聖書から出て来たものではなく、むしろ、聖書の秩序を否定する悪魔的な発想だと言って差し支えない。それは、信仰者の生活を、不信者が管理し、この世を教会よりも上位に据えることで、堕落した肉的な秩序を御言葉の霊的な秩序よりも優先し、目に見えるものを目に見えないものの上位に置くという、聖書の秩序を完全に転倒させる試みに他ならず、神と悪魔との秩序を逆転させる唯物論的発想だと言えるのである。

カルト監視機構が危険なのは、宗教全体を監視するという口実の下、全宗教の枠組みを超えてこれを諜報的に取り締まる権限を持つようなはかりしれない権力機関が生まれ、それがカルト化した宗教権力がこれまで人になし得たどんな人心支配よりも、はるかに強力な未曽有の支配を人々の心に及ぼしかねない点にある。カルト監視機構それ自体が、人間の心の自由に対する無制限な干渉や抑圧を正当化する手段となる危険があり、もっと言えば、この抑圧機関は、初めからそれを念頭に置いて生まれた発想なのである。

カルト監視機構は、キリスト者の信仰生活という、人間の内心の自由の最も奥深くにあって、神にしか立ち入ることができず、神にしか判断し得ない事柄に関して、これを外部から別な人間が監視し、その是正を判断し、干渉し、抑圧する行為を肯定することにより、人の内心の自由に対する最大限の侵犯を肯定している。そこで、この計画は人間の自由や自主性という、人の侵しがたい内心の領域に対する無制限の侵犯の可能性を最初から肯定しているだけでなく、その設立自体が、神に対する越権行為なのだと言える。なぜなら、一体、誰が、他者の内心の信仰生活という、神でしか判断しえないような事柄を、外から見て正確におしはかり、正しく取り締まることができるだろうか?

聖書は述べている、生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです」(Ⅰコリント2:14)

聖書はこのように、信仰に属する霊的な事柄を、御霊を持たない人々、つまり、信仰を持たない生まれながらの人々が理解し、わきまえることは決してできないことを教えている。キリスト者の信仰生活における霊的な事柄は、この世的な観点からは決して価値判断することが不可能な事柄なのである。この世の常識や道徳や伝統など、たとえこの世の英知の全てを結集したとしても、それによって、神に属する霊的な事柄(信仰生活)をおしはかることはできず、ましてこれを裁いたり、評価することはできないのである。

にも関わらず、村上氏は、カルト監視機構の設立により、霊的な(信仰の)領域に肉的な(この世的な)原則を堂々と持ち込み、聖書の秩序を転倒させて、不信者が信者の内心を監視して取り締まることを肯定し、それによって、キリスト教が再びこの世の支配下に引き戻され、教会がこの世の権力と一体化し、結果的に、真のキリスト者が肉によって歩むこの世の人々の思惑によって干渉や弾圧を受ける道を開いて行こうとするのである。

村上氏は、カルト監視機構が悪用されれば、これまで宗教権力が悪用されて起きて来た最も恥ずべき歴史としてのどんな「魔女狩り」や「異端審問」よりも、さらにもっと恐ろしい抑圧行為が容易に繰り返されかねない危険について、一切沈黙を守っているが、これは極めて忌むべき、恐ろしい事実である。

万民祭司となった新約のこの時代、キリスト者は一人一人が神に直接、聞き従うことが求められているのであって、たとえ信者であっても、他者の信仰生活の内面に立ち入って、これを管理したり、取り締まったりすることはできない。まして、キリスト教の部外者である信仰を持たない人々がそれをしようとしたならば、どれほど的外れで支離滅裂な判断や裁きが行われ、でたらめな「カルト狩り」が横行し、キリスト教という宗教全体がどれほどひっかきまわされることになるかは誰にでも予想できる。


にも関わらず、村上密氏はこのような危惧を一顧だにせず言い放つ、「キリスト教の一牧師の案に大袈裟な警告は夢想家の戯言です」と。

このように、自らの表明した意見に対する各方面からの異論や反論を何ら真剣に考慮しようともせずに、ただ無用な「戯言」として嘲笑し、退ける同氏の態度からは、物事を決して深く考察することができずに、自分の狭い見識の範囲でのみ白か黒か決着をつけようとする同氏の浅はかで愚かで自己本位な思考が透けて見えるだけでなく、こんな人物にカルト監視機構を設立させようものなら、やがてどういう事態が持ち上がるか、その危険性が逆に誰にでもよく見えようというものである。

村上氏がカルト監視機構の設立を唱えた真の狙いに対する疑問が逆に生じない方がおかしいのである。カルト監視機構は、本当にカルト化問題の解決を目的として提唱されたのだろうか。むしろ、これを提唱する者たちの真の狙いは、キリスト教界の不祥事を口実にして、強制力をふりかざしてキリスト教界に介入し、教会をこの世の管理下に置いて、彼らの思惑に従わないキリスト教徒をことごとく弾圧・迫害し、排除することにあるのではないだろうか? そうして教会を、御霊を知らず、神の霊的秩序を知らず、御言葉に従うこともしない不信者らの手に委ね、こうした者たちが、自分の身勝手な正義感と、この世の法則をふりかざして教会を占領し、聖書の秩序に忠実に従おうとして彼らの支配を拒む善良かつ貞潔なキリスト教徒を、教会からことごとく駆逐し、追放することを、この計画は最初から、隠れた目的としているのではないのか? 

たとえ村上氏が何千万回、そのようなことはあり得ないと否定したとしても、カルト監視機構そのものの悪用と暴走という問題が何ら考慮されていない以上、この機関は、設立されれば、やがてそういう結果に至りつくのは必至だと考えられる。さらに、以下で述べるような、村上氏が津村氏と提携して暗闇で鳴尾教会に対して繰り返してきた不当な干渉を見る時、それこそが、同氏がカルト監視機構という名で提唱した理念の実行面での運用だったとしか思えないのである。もしカルト監視機構のような機関が設立されれば、同氏が鳴尾教会に対して暗闇で行って来たことが、いよいよ正当化されて、全プロテスタントの諸教会に対してもはや隠し立てもなく公然と行われるようになるのである。

実際に、カルト監視機構が設立もされない前から、村上密氏がインターネット上で気に入らないクリスチャンを断罪し、駆逐するために、キリスト教に恨みを持つ不信者らを集めては、早々と作り上げた「サイバーカルト監視機構」とでも呼ぶべきネットワークによるインターネット上の教会の監視活動がどれほど恐るべき暴走を見せ、無実の教会とクリスチャンに対する大量迫害を生んだかについては、記事「罪と罰――カルト被害者救済活動はなぜ聖書に反するのか」を参照していただくだけで十分であるが、その点をさて置いたとしても、そもそもカルト監視機構の設立を提唱する村上氏自身は、本当に、同氏の言うように無害な「キリスト教の一牧師」に過ぎないのであろうか?

私たちは、鳴尾教会に起きた事件を振り返る時、自分はあたかも無力で無害な「キリスト教の一牧師」に過ぎないと述べている村上氏が、当時から、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団という強大な宗教権力を味方につけて、自分よりも弱い立場にある教職者や信徒、ひいては教会そのものに対して、どれほど長年に渡る悪響力を及ぼし、教会の平和な信仰生活を蹂躙し妨げて来たかを伺い知ることができる。

この事件を通して、私たちは、村上密氏が、カルト監視機構の設立を提唱するよりもはるか前から、自らに与えられた権限を踏み越え、教団や教会の規則を無視しては他教会を私物化し、自分たちの利益にかなわない者にはいわれなき嫌疑をかけて追放し、暗闇の密室に置いて恣意的な「魔女狩り」を繰り広げて来た事実を知るのである。

この事件を詳細に振り返る時、「キリスト教の一牧師の案に大袈裟な警告は夢想家の戯言です。という村上密牧師の言葉が、どれほど信用ならない虚偽であり、これが同氏が心に抱いている野望の重大な危険性と、同氏がこれまで暗闇の密室で、他教会の内政へ不当に干渉し、不法な形で権力の拡大をはかって来た過去を悟られまいとカモフラージュしようとする意図のもとに発せられた詭弁であることがよく分かるのである。

村上氏は、自分は善良で無力な一人の牧師に過ぎず、大それたことなどできるはずがないと印象づけることで、自分が全宗教界に君臨してこれを抑圧することのできる機関を作り、その強大な権力機関の頂点に立つという、どんなキリスト教の牧師も心に抱いていないような並外れた野望を心に秘めていることの恐ろしさを人々に悟られまいとしているだけである。


こうしたことから思い出されるのは、次の聖句である。彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。」(Ⅱテサロニケ2:4)

聖書によれば、あらゆる宗教を超えて、それに君臨するほど自分を高く掲げることは、まさに反キリストの特徴である

地上のどんな人間にも、他者の内心を取り締まることのできるような権限は与えられていない。信教の自由が憲法によって保障されているだけでなく、自由意志を侵害されないで生きることは、人間が人間であり続け、人としての尊厳を保つために決して奪われてはならない前提条件である。

にも関わらず、人間のこの最も本質的で侵しがたい自由の領域に手を付け、人の内心を取り締まり、抑圧することを正当化するような思想は、表向きどんなもっともらしい口実がつけられていたとしても、事実上、無制限の人心支配の手段を得たいという欲望から出たものでしかない。

いつの時代も、強大な権力を手にした独裁者が最後に目指すのが、言論弾圧と、言論が生まれる源となる人間の内心の自由の抑圧と支配であった。そういうことが起きるのは、権力に憧れる者が、己の手にした権力の完成形として目指すのが、完全な人心支配、すなわち、自分が絶対者となって人々に君臨し、人々の心を完全に掌握し、支配すること、つまり、己が神となって人の心を治めることだからであると筆者は考えずにいられない。

ヒトラーもスターリンも、単なる一人の人間に過ぎなかったが、今日、彼らの所業に対して、「大げさな警告は夢想家の戯言である」などと言える者は誰もいない。こうした独裁者たちは、一個の人間であるよりも前に、強大な権力機関を歯車のように回す司令塔であり、システムであった。

だとすれば、宗教教団全体を味方につけて、教団や教会の規則を無視して他教会の内政に干渉し、教会の自治を破壊し、教団教派の枠組みを超えてプロテスタント教界全体に君臨し、さらには、宗教界全体を取り締まることのできるカルト監視機構というはかりしれない権力を持つシステムの設立を提唱し、その頂点に立ちたいという野望を自ら述べている宗教指導者が、どうして無力で無害な一個の牧師であり続けられようか。強大な権力機構の指導者となった人間は、もはや単なる「キリスト教の一牧師」ではあり得ない。それは大勢のクリスチャンに思うがままに影響力を与え、大勢の信者の運命を狂わせることのできる強大なシステムなのである。
 
こうしたことを考えるならば、人間の信仰生活という、神でなければ決しておしはかることのできない人間の内心の自由の最も深みにまでも干渉し、これに外から価値判断を加え、支配し、取り締まろうという願望を述べる者は、神に代わって人の心を裁き、統治したいという欲望を述べているのであって、それは神に対する越権行為であり、人類が神に反して抱きうる欲望の中でも、最悪の性質のものであると言える。

なぜなら、それは神の御言葉のみに服従し、神によってのみ治められるべき、キリストの花嫁たる教会を、人間に過ぎない者が強奪・横領・私物化し、人が神に代わって神の宮に君臨し、支配したいという悪魔的欲望を意味するからである。

こうした願望はサタンから来るものであって、神から来るものではない。その欲望の本質は、
信者の心を神の御手から引き離しキリストの花嫁である教会をキリストから奪い教会を私物化することで、自分が神となって人心を支配したいという悪魔的願望である。

ちなみに、聖書はこのような願望を述べる指導者が偽り者であって、羊の群れを食い物にするためにやって来た強盗であり、その声に信徒が聞き従ってはならないことを警告している。聖書に忠実に生きることを真に願う敬虔な信者らの目には、彼らの目的が、神に対する反逆としての教会の横領であり私物化であることが明確に分かるのである。



第二章  鳴尾教会に起きた事件とは何だったのか。


1.村上密氏と津村昭二郎氏が鳴尾教会で行った不当な後継者追放事件


カルト被害者救済活動を率いるアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師は、今から約十四年前、当時、同教団に属していた鳴尾教会において、当時の鳴尾教会の主監者であり、自らの義理の父であった津村昭二郎牧師と協力して、津村氏の後継者と目されていた伝道師夫妻を同教会から追放した。(この事件については以下で詳述しており、他にも記事「村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入問題 まとめ」を参照されたい。)

伝道師夫妻の異動は、一見、彼らが自主的に異動届を出した結果のように見せかけられていたが、実際には、その裏に村上氏と津村氏からの伝道師に対する圧力があったことが、後に教団が公にした伝道師らの書簡によって判明した。

この書簡を通して、津村氏が伝道師夫妻に密室でいわれなき異端疑惑をかけていたことや、津村氏が伝道師夫妻を極限状態に追い込むような過酷な労働・生活条件を強いていたことが明らかとなった。

この書簡を通して判明したのは、津村氏と村上氏が、まるでブラック企業同然に、「鳴尾の後継牧師になってもらう予定」という、色の良い言葉で、伝道師夫妻を鳴尾教会に招いた結果、二人を雑用係のように徹底的に酷使し、後継にするという約束を全く果たさず、それどころか密室で伝道師夫妻にいわれなき嫌疑をかけるという行為に及び、それと交換条件のように、鳴尾から去るように強いていたことであった。

鳴尾教会の信徒らはそれまで、約四十年間、津村氏に牧会され、伝道師夫妻にも津村氏の後継とみなして信頼を寄せており、津村氏及び村上氏から伝道師にかけられている圧力の存在を全く知らなかったため、この事件の発覚は、鳴尾信徒らの間に、教団と津村氏・村上両氏に対する極めて強い不信感を呼び起こし、それが鳴尾教会に長く続く混乱をもたらす原因となった。

さらに、この時、発覚した問題の中には、津村氏にそれまで教会から長年に渡り、支給されていた伝道牧会費の使途が不明という金銭問題もあった。


鳴尾教会の信徒らはアッセンブリー教団に事件の説明を求めたが、教団は津村氏と村上氏をかばって津村氏の引責辞任によって事件を曖昧にした上、その後も、この不正な事件をもみ消そうと、鳴尾教会に起きた混乱の責任を、今度は教団自らが正式に鳴尾教会の後任として派遣した山田牧師夫妻に転嫁しようと試みた。その際、教団側は、かつて鳴尾から伝道師らを追放した時と同様に、山田牧師夫妻に対する異端疑惑をでっちあげようとしたのであった。(村上密氏のブログ記事参照)。
 
しかし、鳴尾教会はこのデマを信じず、信徒らの総意により、かえってこのような暗闇に覆われた教団から離脱する道を選んだため、後任の牧師夫妻にまで濡れ衣を着せることで、事件をうやむやにしようとの教団側の目論見は頓挫した。教団は裁判にまで及んで鳴尾教会の教団離脱を阻止しようと試みたが、それもことごとく敗北に終わった。


村上密氏は、津村氏による後継者の不当な追放という事件発覚からすでに十四年も経過している今年2016年になってもまだ、鳴尾教会がやがてアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とは別のプロテスタントの教団に属することになるだろうことを見越して、これを何とか阻止しようと、懸命に山田牧師夫妻の印象を貶めるための誹謗記事を書き続けている(村上密氏のブログ記事参照)。

このような行為は人間としてみっともないだけでなく、牧師としての倫理にふさわしくなく、村上氏の常軌を逸した恐るべき執念深い身勝手な性格を感じさせる事実である。

村上密氏が、自分や自分の活動に対する離反者には、公人・私人を問わず、尋常ならぬ執念を燃やして、長年に渡り、容赦なく制裁を加え、徹底的に人生を妨害するという、牧師にあるまじき行為に及んで来たことは巷でも有名である。同氏の率いるカルト被害者救済活動は、教会に恨みを持つ(元)信者ばかりを集めては、牧師や教会や信徒に対して裁判をしかけて報復に及ぶことを正当化し、まるでキリスト教そのものを憎み、敵視するかのように、数多くのキリスト教徒を争いに巻き込んでは、いわれなく懲罰を加え、懺悔させることを目的に掲げて、諸教会の平和な信仰生活を妨害して来た。

そのような牧師であるから、教団を去る者には呪いのような非難の言葉しかかけることのできないのも当然である。聖書の神は「復讐するは我にあり」と言われているのに、聖書の御言葉に背き、裁判を提唱することで、信徒らの間の争いと対立を助長して来たこの牧師の活動を知れば、信仰を持たない市民でも、このような牧師の活動を無批判に容認している教団には、恐れと疑問を感じて近寄らないことであろう。

聖書は言う、
「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」」(ローマ12:19)

正式な手続きを経て教団から離脱した教会にスラップ訴訟をしかける暇があるならば、このように、キリストの福音を平和的に伝道するという牧師の第一義的な使命から著しく逸脱し、他の牧師の伝道と信徒らの信仰生活を妨害することしかできなくなった牧師にこそ、しかるべき厳しい処分を下すのが、教団の本来の組織としてのあるべき姿である。

しかし、そのようなことはアッセンブリー教団には言っても無駄であろう。村上密氏のカルト被害者救済活動は、同氏の一存で始まったものとはいえ、教団そのものの理念とも、密接な関係があるからだ。

アッセンブリー教団が推進するペンテコステ運動は、もともと教会の伝道の対象から漏れていたような、社会から打ち捨てられた弱者への、聖書に基づかない救済活動として始まったものである。この運動は始まりの当初から、聖書の御言葉に忠実に従う信仰よりも、異言を伴う「聖霊のバプテスマ」や、「しるし・不思議・奇跡」という超自然現象を重んじるという、異端的要素をふんだんに備えた活動であり、教会の伝道の対象から漏れているような社会的弱者を積極的に伝道の対象と定めることで、従来のキリスト教界に対する根深い敵意・被害者意識に基づいて推進されて来た。

聖書は、神の国は目に見えるものではないとはっきり教えているにも関わらず、ペンテコステ運動は、リバイバルによる地上天国の夢という偽りの神の国を目指している点で、聖書に反しており、また、アッセンブリー教団には属さないが、ペンテコステ運動とほぼ同一と言って良いカリスマ運動を率いるプロテスタントの手束正昭牧師は、「母なる聖霊」という、東洋的・グノーシス主義的な異端的三位一体の解釈に基づいて、聖書の御言葉の二元論を否定し、キリスト教に善悪を問わずに何でも受け入れ、受容する「母性原理の回復」を目指している。

こうして、ペンテコステ・カリスマ運動は、その成立から見ても、教えの面から見ても、キリスト教の異端とみなされるべき運動であり、出所も分からない「霊の器」を盛んに海外から招いては、怪しい霊的運動を積極的に取り入れて来たため、その影響を受けた信徒らが各地で混乱を引き起こし、まるで悪霊の温床のようになっている。

この教団が取り入れた無分別な霊的ムーブメントに欺かれた信徒たちが、至る所で引き起こして来た混乱については、記事「キリスト教界に広がる疫病としての「霊の戦い」」や、記事「カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~」を参照するだけで十分に理解できよう。

また、このように、神に反逆して人類の一致を唱える悪魔的な思想には、必ずや、その裏面として、分裂と争いと混乱を助長し、人工的な一致を強制的に作り出すための抑圧機関が現れる。それが、村上密氏の提唱している「カルト監視機構」である。

村上密氏の推進するカルト被害者救済活動や、カルト監視機構の構想は、異端ペンテコステ運動が生んだ忌むべき副産物の一つである。もともと聖書の御言葉に基づかず、人類による弱者救済として始まった運動なのだから、悪霊の巣窟のような、キリスト教を内側から破壊する数々の悪しき活動を生む母体となるだけに終わるのは当然であろう。


アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、すでにそれ自体が「悪霊の住まい、あらゆる汚れた霊どもの巣くつ、あらゆる汚れた、憎むべき鳥どもの巣くつ」(黙示18:2)なのだと言って差し支えない。

こんな教団とそれに率いられる信徒に対して言えることは、次の御言葉だけである。

わが民よ。この女から離れなさい。その罪にあずからないため、また、その災害を受けないためです。なぜなら、彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神は彼女の不正を覚えておられるからです。」(黙示17:4-5)



2.キリスト教界と女性伝道者に対する村上・津村氏の尽きせぬ憎悪

ところで、村上密氏の尋常ならぬ執念深い性格は、同氏が長年に渡り、筆者及び当ブログに水面下で加え続けて来た数々の仕打ちを見ても分かることである。

村上密氏は、筆者が最初のブログ「光の天使の罠」において、同氏が率いるカルト被害者救済活動を危険なものとして批判してから、現在に至るまで、何年間も、筆者にインターネット上で嫌がらせを繰り返して来た。

中でも最たる嫌がらせの例は、かつてアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に所属し、この教団の信仰し活につまづいて他宗派に去った(カトリック信者と言われる)杉本徳久氏の個人ブログ「随想 吉祥寺の森から」を通して行われた筆者への誹謗中傷であった。

直接の面識が全くない杉本氏が筆者に対する一連の誹謗の記事を掲載するに至った背景には、当然ながら、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団村上密氏の強い影響がある。杉本氏は村上密氏のカルト被害者救済活動を支持する旨を自身のブログで明確に述べており、村上サイドの活動を擁護・防衛するために、筆者への弾劾記事を自身のブログに載せたのである。

村上氏の方でも、教団とは何の関係もない一個人に過ぎない杉本氏のブログを存分に活用して、同氏が疑わしい(カルト化の疑いがある)とみなした多くの教会や牧師や信徒に対する批判弾劾記事を掲載させて来たことは周知の事実である。特に鳴尾教会に関して杉本氏がブログに掲載している記事は、ほぼ村上氏と同じ見解をそっくり述べたものであり、教団部外者にも関わらず、杉本氏が村上氏を通してアッセンブリー教団に深く入り込んでいる様子が伺える。

さて、村上密牧師サイドが、ネトウヨのような凶暴な読者を操りながら、幾度にも渡り、筆者を恫喝して黙らせようとしてきた最たる目的の一つが、鳴尾教会問題にあったものと見られる。

同氏らは筆者が鳴尾教会の事件の目撃者・証言者であればこそ、自分たちにとって不都合な事実を公表されないために、筆者を執拗に恫喝しては沈黙に追い込もうとして来たのだと考えられる。

村上密氏が鳴尾教会の問題にどれほど固執しているかは、同氏が繰り返し裁判で敗北しながらも、未だにブログ等で鳴尾教会サイドを非難している態度にもよく表れている。

おそらく、鳴尾問題は、村上氏にとって致命的なアキレス腱なのであろう。裁判で敗北が確定しても、同氏の中ではこの問題がなお終わりを告げていないのである。それはただ裁判に敗北した事実を隠し、虚勢を張り続けたいという動機だけからではあるまい。

村上氏はそういう動機を超えたもっと深いこだわりをこの教会に対して持っているように見受けられてならない。その理由の一つが、やはり、村上密牧師の出世のルーツがこの教会にあるためと考えられる。
 
村上氏が最も隠そうと試みて来たのは、鳴尾教会に混乱をもたらした最たる原因が、同氏の義理の父である津村昭二郎氏の不祥事にあるという点だった。なぜなら、それが公になると、鳴尾問題のすべての原因が、津村昭二郎牧師の牧会の至らなさにあったことが明らかになり、村上氏の栄光の源である義理の父が失脚してしまうからである。
 
村上密氏がアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団でこれほど急速に勢力を伸ばし、今や教団全体を手中におさめているかのように我が物顔に振る舞うことができた背景にも、津村氏の影響力があった。もし津村氏の娘との婚姻によって、村上氏が教団で相当に権威とみなされていた津村氏の後ろ盾を得ていなければ、単に統一教会を脱会しただけでクリスチャン歴も浅く、さらにはカルト問題についても何の専門教育を受けたわけでもない若い牧師が、どんなにカルトの専門家として一方的に名乗り出たとしても、周りの牧師や信徒がそれに耳を貸したかどうかは分からない。

同教団では、100人を超える教会を形成することはかなりの功績とみなされる。四十年間、鳴尾教会を牧会し、100人以上の教会に成長させたことは、教団では津村氏の手柄とみなされていた。 
 
そもそも、津村氏の不祥事にまつわるこの一連の事件には常に村上氏の影が付きまとっていた。教団から配布された文書から分かることは、村上氏が当時からあの手この手で教団内人事(自分の牧会する以外の他教会の内政)に積極的に干渉していた様子である。当時の村上氏の若さを考えると、彼が教団内でそんな権力を持ちえたことは、極めて異常な事態であり、当時から村上氏が津村氏の威光を積極的に利用して、教団内の人事を思うがままに動かそうとしていた様子が見て取れる。

ところが、その津村氏の不祥事が問題にされて明るみに出てしまうと、村上氏の影響力が激減する。だからこそ、そうなると誰よりも一番、困る村上氏が、教団に積極的に働きかけて、この事件をうやむやなまま終わらせようとしたのだと考えられる。

村上氏は義理の父をかばい、教団内で不名誉な失脚をさせないために、鳴尾教会での事件を、津村氏の辞職によってあいまいなまま幕引きを図ろうとした。が、そのことがきっかけとなって、鳴尾教会にはかえって教団への不信感が生まれた。

村上氏は鳴尾教会の混乱には見向きもせず、その後も、津村氏が面目を失わないで済むように、自らの牧会する京都教会に引き取り、何事もなかったかのように教職者としての奉仕を続行させた。こうしたことは全て、村上密自身のため、彼の保身のため、村上氏が津村氏の後ろ盾を失って、教団内の地位を失わないで済むために行われたことであると理解される。 
 
その後、現在の山田牧師夫妻が赴任すると、今度は、村上密氏は、鳴尾教会に起きたすべてのゴタゴタの原因を山田夫妻に押しつけてしまった。鳴尾信徒が減少を続けたのも、津村氏の事件がきっかけなのではなくて、山田夫妻の牧会がまずかったせいで起きたことであるかのように主張したのである。

そのような身勝手な責任転嫁を正当化するために、村上密氏はあろうことか、山田夫妻、特に牧師であった山田夫人に異端の嫌疑をかけて、魔女のようなイメージを作り上げようとした。

ちなみに、村上氏と津村氏の女性伝道者に対する憎悪のような激しい敵意は、筆者に対しても存分に向けられており、村上氏は上記の杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森」の記事等を利用して、筆者についても同じような悪人のイメージ作りを行ってきた。

しかし、教団から配布された資料から分かるのは、そうした「魔女狩り」は、村上氏と津村氏が気に入らない人物を貶めるための常套手段で、同氏らは約十四年以上も前から、鳴尾教会に赴任した伝道師の夫人にも、同様のに嫌疑をかけて、異端者のイメージを作り上げようとしていたことである。

こうした一連の女性伝道者らに対する迫害から分かるのは、村上氏と津村氏の女性に対する根深いコンプレックス、特に、御言葉を宣べ伝える知的な女性に対する執拗な憎しみと、彼女らに異端者の濡れ衣を着せてでも、何が何でも引きずりおろしたいという願望である。

この女性伝道者に対する特別な憎しみは、ちょうど彼らの教会に対する憎しみと迫害に重なる。カルト被害者救済活動を通して、次々とキリスト教会を告発することで、キリスト教界全体のイメージを貶め、牧師を追放して教会を弱体化させ、取り潰してきた村上氏は、エクレシアに対する激しい憎しみと破壊願望を、女性伝道者に対しても向け、同じような「魔女狩り」を行って来たのである。

村上氏は、鳴尾教会に起きた混乱が、あたかも後任の牧師夫妻が異端の影響を受けているためであるかのような虚偽のイメージを作り上げようと、教団とは何の関係もない個人ブログ「随想 吉祥寺の森から」を利用して、そこに山田夫妻に関するでっちあげのスキャンダル記事を次々と掲載させては、風評を広めて行った。その手法は、村上氏が筆者のイメージを貶めるために用いたのとほぼ同様である。

そうなる前から、「カルト被害者を救済する」ことを口実に、村上氏は杉本氏と組んで、教会に対するスキャンダルを次々と杉本氏のブログを通してインターネットに発表させていた。同氏らがそのようなことを行ったのは、村上密氏の行うカルト被害者救済活動の需要を自ら作り出すために他ならない。

村上密氏の主導するカルト被害者救済活動は、「教会で被害を受けた」と名乗り出る者たちが存在しないことには需要がない。しかし、世間で注目を浴び、多くの被害者が登場するような大々的な教会のスキャンダルは、ただ待っていても起きるようなものではない。そこで彼らは、自ら活動の需要を作り出すために、諸教会の弱点を調べ上げ、これを暴き出し、次々と「悪者」を作り出すことによって、自分たちの活動を「正義」に見せかけながら、被害者救済というビジネスを存続させる手段として行ったのである。

このような教団の対応に不信感を募らせ、恐れをと危機感感じていたのは、鳴尾教会ばかりではない。だが、村上密氏とアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、自らに離反する者を許そうとはせず、反対者はネット上で吊し上げて袋叩きにし、教団から離脱を決定した鳴尾教会に対しても、文化庁に異議申し立てを行ったり、鳴尾教会にスラップ訴訟をしかけたりして、まるでこの教会を消滅に追い込むことを目的とするかのような激しい嫌がらせを繰り返した。

キリストの福音を宣べ伝えることを主たる目的とする教会が、裁判などしかけられた日には、どれほど伝道活動の妨げとなり、信徒の平穏な信仰生活が危機にさらされるか分からない。それでも、村上氏は、福音伝道を優先して裁判を控えようとはせず、さらには津村氏の事件だけでなく、自らしかけた裁判が原因となって引き起こされた鳴尾の信徒の減少をも、相変わらず一方的に後任牧師の責任に転嫁しては、牧師と教会だけを非難し、他者の「不幸」を嘲笑し続けた。まるで本心から教会が消滅することを願っているとしか思えない残酷な行動である。

このような村上氏の行為からは、同氏の自己保身と、自らに盾突く者に対する異常なまでに容赦のない執念深さは感じられても、キリストの福音を宣べ伝えて、魂の救いを第一に願う、キリスト教の牧師としての心が完全にかけている。何よりも、同胞であり、同じ教団の仲間であった教会や牧師をも、何のためらいもなく訴えることのできる同氏の性格は、クリスチャンをネット上で告発し続けて来た杉本徳久氏と同様に、「私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者」(黙示12:10)である悪魔の憎しみを想起させる。

だが結局、教団からの離脱を決めた鳴尾教会に対する村上氏による文化庁への異議申し立ても裁判も、すべては敗北に終わった。それを通して、村上サイドの主張は、何らの確かな根拠もない言いがかりに過ぎなかったことが明らかになったのであり、むろん、村上氏が鳴尾の後任の牧師夫妻について主張していた異端の疑惑も、アッセンブリー教団内でさえ公に認められなかった。

村上氏のこうした一連の行動から分かるのは、たとえ負けると分かっていても、政敵に打撃を与え、結論を先送りするためにとにかく恫喝裁判をしかける、という卑劣な手法、たとえ疑惑が証明できないと予め分かっていても、まずは大袈裟に騒ぎ立てて、デマをまき散らすことによって、一人でも多くの人間を欺きながら、標的とする相手の疑わしいイメージを作り上げ、まずは政敵を嘲笑し、打撃を与えておいてから、次に具体的な手続きに入り、事件が長期化して、彼らがまき散らした噂が、根拠のない嘘に過ぎなかったことが明らかになる頃には、自分がデマを流布した事実そのものがなかったかのように、すべてにそ知らぬふりを決め込み、逃げを打つ、という極めて悪意に満ちた無責任で卑劣な確信犯的な手法である。

たとえ村上サイドが裁判で敗北したとしても、裁判をしかけられただけで教会はダメージを受ける。そのようにして村上サイドは、裁判に勝つことを目的とするのではなく、可能な限り永久に政敵とみなした相手に精神的ダメージを与え続けるためだけに、因縁をつけ、絡み続けているのだと見受けられる。苦痛を与えることが目的なのであって、正義を打ち立てることなど全く眼中にはないのである。ただ同氏の保身と、責任転嫁と、自分に盾突く人間を苦しめ、報復を果たしたいという欲望を満たすためだけに争いを仕かけているのは明らかである。いかに村上氏と津村氏が己の名誉と地位を守ることしか念頭にない自己本位で不誠実で冷酷な人間であるかが、そのことからもよく分かるのである。

さらに、それらの行為は信徒らの平和な信仰生活を著しく妨害する行為であるが、まさに牧師を名乗っている人物がそれを行うことの異常さ、恐ろしさはどれほど強調してもしたりない。

にも関わらず、アッセンブリー教団はこうした顛末をきちんと見据えた上で、本当に津村氏と村上氏の主張が正しかったのかどうかを全く検証することなく、結局、教団からの離脱を決定した鳴尾教会の山田牧師夫妻に対して「除名に相当する処分」を下すことによって、村上氏をかばった。結局、津村氏の引き起こした事件の際の理不尽な対応と同じことが繰り返されたのである。

このようなアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の不誠実かつ心無い対応によって、鳴尾教会がどれほど深いダメージを受けたか分からないが、それでも、今になっても、村上サイドはまだこの教会への非難をやめないのだから、もはやそんな行動は牧師にふさわしくないどころか、人としての温かい血の通った心さえ、完全に失っていると言えよう。

筆者から見ると、もし普通の人間としての心を持った牧師であれば、たとえ誰が悪かったのかという問題を抜きにしても、自分の義理の父が牧会していた時に起きた事件が原因となって混乱している教会に赴任する後任の牧師には、申し訳ない、頑張ってほしい、という応援の気持ちを持つのが当然であろうと思う。何とか一連の事件を乗り越えて信者を増やし、教会として完全に立ち直って、神の栄光を証して欲しいという気持ちを持つのが普通であろう。

ところが、村上氏には、自分と津村氏の不祥事を隠したいという願いの他に、他者に対する何の思いやりもなく、自分の利益を守るためならば、真実をまげて、自分たちの不始末の責任を誰に転嫁しても平気なのであり、彼らの引き起こした事件による混乱を収拾するために尽力させられている後任牧師に対するねぎらいの気持ちなど皆無なのである。むろん、同業者に対してこれほど冷酷なのだから、信徒への同情などあるはずもない。一体、これでもクリスチャンなのだろうか――、まるで筋金入りの悪党のような、確信犯的な冷血さだと言う他ない。

鳴尾教会については、とにかく存続しただけ良かったのである。場合によっては、津村氏の事件から立ち直れないまま、消滅する可能性もなきにしもあらずだった。教団に残るか抜けるかどうかは、教会が自主的に決定することであり、部外者には誰にも止められることではない。ところが、村上氏はかろうじて続いたその教会に対しても、信徒数の減少を後任牧師の失敗にかこつけて嘲笑し、教会が教団を離脱することを決めると、今度は裁判によって本当に消滅に追い込むことを目的とするかのような行為に及んだわけであるから、そんな村上氏がどれほど同業者の牧師に対して心無く、信徒への理解がなく、主の御名によって呼ばれる教会に対して、尽きせぬ憎しみを抱いているとしか思えないような、信仰の欠ける、ただ己のプライドしか考えない自己保身に満ちた身勝手な人間であるかは、あらゆる人の目に明白である。

繰り返すが、津村氏と村上氏の引き起こした伝道師の追放という事件が尾を引いたため、鳴尾の多くの信徒は傷ついたまま離散したのであり、筆者も、津村氏の事件がなければ他教会へ行く必要もなく、村上氏のいる宗教トラブルセンターに出向くこともなかったであろう。宗教トラブルセンターは筆者に対して何の解決も提示しなかった。だからこそ、筆者はすべての解決はただ神にのみあることを見いだし、裁判等の無用なことを訴えて来たのである。にもかかわらず、筆者が困っている時に、何の役にも立つことがなかった村上氏が、なぜ筆者をあざ笑ったり、誹謗中傷を繰り広げる筋合いにあるのだろうか。

こうしたことは、鳴尾に残った信徒に対する村上氏の冷酷で心無い対応と全く同じである。「弱者救済」と言いながら、村上氏は常に強い者には媚びて、真に弱い者たちを見捨てて来た。親切そうな表情はほんのうわべだけで、弱みをかかえていそうな人間に対してはどこまでも居丈高で冷酷で残忍なのである。「被害者救済」という名目で、他者の弱みを探り出しては、人の傷口に塩を刷り込むことが目的であるかのように、他者の窮状や苦しみを高みから見下ろして嘲笑し、満足する。常に自分の周りの同業者や信徒らの中に、見下せそうな相手がいないかを探し求め、誰かが失敗を犯すと、鬼の首でも取ったかのようにそれをつつき回しては吹聴し、勝ち誇る。その主張はいつも同じで、「俺達は幸福で何の問題がないが、あいつは――」。問題を抱えている人々は、決してこのような残忍な人物の門戸を叩かない方が良い。
 
津村氏の事件は、実に多くの鳴尾信徒の運命を狂わせることになった。だが、村上氏はそんなことには微塵も関心を払わず、未だに鳴尾教会に嫌がらせを続け、むろん、事件発生からすでに十四年もが経過しているにも関わらず、鳴尾からは遠く離れている筆者にも、今に至るまで、杉本氏を手先のように利用して、執拗に悪影響を及ぼそうと企てている。どれほどすさまじい執念で同氏が離反者を追い続けているか、鳴尾教会を追い続けた同氏の執着の深さや、争いに費やされた歳月からもよく分かるだろう。
 
当然ながら、同氏は自分の教会やブランチから離反したカルト被害者や信徒たちにも、同じ冷酷な対応を繰り返しているのだろうと想像される。自分の傘下から出て行く人間に対しては、恐ろしく冷酷で厳しく、その後の人生の解放を願って祝福するどころか、生涯に渡ってまで追跡し、嫌がらせを続け、人生の足を引っ張り続ける、そんな人間のもとに、果たして、身を寄せようと願う被害者がいるのであろうか。

村上密氏は、津村氏が原因で起きた鳴尾教会の信徒の減少を、後任牧師の牧会の不備として責め立てるなら、一体、自分の教会のブランチの信徒の離反やカルト被害者の離反に対して、神と人との前でどう言い訳するつもりなのだろうか。
 
村上氏の一連の態度から分かるのは、同氏が自らの責任というものを一切認めず、常に自分にとって都合の悪い事実は全て他人の責任に転嫁し、他人だけを悪者にしながら、我が身をかばい、他者の苦しみや失敗を糧に脚光を浴び、自分だけは決して間違わない正義のヒーローであるかのように、臭いものには蓋をして、自己正当化を続けて来たということである。

自分の見せかけの正しさを主張するためならば、他者にどんな汚名を着せても平気なのである。そのようにまで己の立身出世と自己保身しか眼中になくなった様子は、牧師として到底、あるまじき姿であり、クリスチャンに相応しい態度とも思えないが、こうした評判は、すでにカルト被害者の間でも定着しているので、これ以上強調する必要もなかろう。

沖縄などからは、村上氏と一緒になって活動している新垣氏などが、被害者からの批判や反対をすべて抑え込み、封じ込めているという噂が聞こえて来る。被害者は村上氏に対する批判を、恫喝によって沈黙させられていることも、よく知られている事実である。何しろ、筆者に対して村上サイドが仕かけて来た数々の嫌がらせと恫喝の手法を見れば、他のカルト被害者たちが何をされているかは容易に想像がつくのである。
 
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、村上密氏とは果たして何者なのかという問題をよくよく考えるべきであろう。そもそも、彼は本当にクリスチャンなのか。キリストの福音を宣べ伝えることを目的とせず、なぜ裁判によって他教会を潰し、教団からますます正義が失われ、より多くの信者がこの教団に失望幻滅して離れ去るような方向で動いているのか。同氏の率いるカルト被害者救済活動は、初めから、キリスト教界を破壊することが目的なのではないか?

宗教は政界とは異なる。他人のトラブルを飯の種として、政略結婚によって出世の階段を駆け上がり、自分に不都合な事実はすべてなかったことにして、他人に身代わりに背負わせることが可能なほど甘い世界ではない。政界ならば立身出世のために何をしても法にさえ触れなければ許されるかも知れないが、聖書の御言葉に従わない牧者には、神から厳しい裁きがあることが聖書に警告されている。何よりも、村上氏自身が、偽預言者に対して厳しい警告を発しているのであるから、それを自身に当てはめるのは当然だろう。

神の御名を利用して生計を立てていながら、同業者の失敗を告発することを生業とし、身内には甘く、自分に盾突く者、気に入らない者は容赦なく裁判に訴えて、教会を潰し、併合する。自分のもとへ一度でも身を寄せた信徒であっても、反対者となれば容赦なく人生の立ち直りを妨害する。そんな村上氏の態度には、到底、キリストの愛もなければ、クリスチャンとしての高潔さもなく、信仰も見られず、他人の教会まで潰し、乗っ取ろうとしている牧師とは、一体、誰のことなのか、他人を誹謗中傷する前に、自らの姿をよく振り返ることである。

何よりも、牧師という職業は、キリストの福音を宣べ伝えることを第一とするのであって、村上密氏のように、教会の不祥事を出世の手段とし、実力行使による異端の取り締まりが第一になっている時点で、そんなケースは異常としか言うほかないのである。

昨年に、起きた神社の油まき事件にしても、これをきっかけに村上密氏はメディアに注目されたが、同業者を警察に売り渡し有罪に追い込むことで自らの手柄とする、キリスト教界の不祥事をメディアに売り込んで名を挙げる、そんな牧師がキリスト教界で好意的に受け入れられるはずがないのは明白である。

己の不祥事はすべてうやむやにしてごまかし、同業者のトラブルと失敗だけは厳しく責め立てて他者の恥を暴露し、我が身をかばうためならば、存在しないトラブルさえもでっちあげて仲間を陥れ、他者の信仰生活を妨害する。教会を潰し、信徒を減少に追い込み、信徒の平和な信仰生活を妨げて、それを糧に専門家として名を挙げる。それが牧師の取るべき態度なのか、まともな牧師活動と言えるのか、それはキリスト教界全体を敵に回し、神の福音そのものに敵対する活動ではないのか、善良なクリスチャンは、もう一度、そこから考え直してみる必要があろう。

村上密氏がこれまで教会に裁判をしかけることによって、クリスチャンの間で煽り続けて来た対立、憎しみ、争い、何よりも教会の破壊、これには必ず厳しい報いが伴い、神がお答えになると筆者は思う。人間の魂の救済を第一とせず、信徒を神のみもとへ導かず、聖書の示す神の解決であるキリストの十字架の贖いを退けて、ひたすら信者間の人間的な対立を煽っては、争いを糧に利益を得て来た村上氏に、果たして信仰はあるのか。この人物が何を目的にキリスト教の牧師を名乗っているのか、再考すべきである。
 
筆者は物心ついた頃から、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団を知っており、当時から、この教団には疑わしい非聖書的・異端的な教えが盛んに流入していたが、それにしても、当時はここまでひどくはなかった。村上密氏の登場以前には、教団を離脱した信徒や教会に対して、教団が徹底的に嫌がらせを続けて信仰生活を妨害し、長年に渡る裁判にまで及んで離脱を阻止したり、移って行った先の教会の信徒にまで接近して嫌がらせを続けたなどの話は聞いたことがない。

その当時、たとえアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団を批判して出て行く信徒がいたとしても、反対者に対してこれほど執拗な陰謀工作を暗闇で多年にわたって巡らすような指導者は誰一人としていなかった。(当時から、この教団はペンテコステ派に属さない他の教団から常に批判や疑惑の眼差しを向けられていたので、教団を批判して去る信徒たちはかなりいたし、、批判や反対は日常茶飯事であった。、誰もそのようなことに特別に目くじらを立てたることはなく、まして報復するなど論外であった。)

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団以外のプロテスタントの諸教会では、今でもそのようなことは行われていないであろうと思う。脱会者に対する言語を絶する壮絶な嫌がらせは、統一教会や、創価学会などの新興宗教にはおなじみの手法である。

統一教会を脱会した村上密牧師は、統一教会流の脱会者や反対者への陰湿ですさまじい妨害•中傷•陰謀工作を、プロテスタントのキリスト教界に初めて持ち込んだ人物である。同氏はこうして、アッセンブリー教団に入って、クリスチャンを名乗るようになってからも、かつての統一教会流のカルト的思考を捨てられず、それをそっくりキリスト教界に持ち込んで今日に至っているのである。

また、宗教指導者夫妻を「真の父母」として指導者に絶対的に帰依し、信者が「子」として「霊の家族」を築くことにより、全人類一家族理想を実現すると唱える統一教会を、牧師夫妻を「霊の父母」信者を「子」とする異端的三位一体論を唱えるペンテコステ・カリスマ運動に置き換えて、プロテスタントの教職者家庭の一員となって、津村氏という「霊の父」の意向を忠実に体現して生きることで、また、カルト監視機構を通して一元的な世界の確立を目指すことで、依然として、人類の自力での悪からの浄化という、この地上に存在する限り人間が決して果たし得ない地上天国の理想を追っているのである。

にも関わらず、そんな聖書の御言葉からも逸れた異端的な活動と、正義の味方からはほど遠い、残忍で利己的な自分の姿を、未だに「弱者救済」を口実に正当化しつつ、現実から目を背け、自分を聖なる存在であるかのように勘違いして、教会や信徒を訴えては告発することを「牧会活動」だと勘違いしているのである。正常なクリスチャンにとっては大変な迷惑な存在でしかない。

そのような異常な活動が牧師のあるべき姿からはほど遠く、神の御名にふさわしいものでないことは、クリスチャンでなくとも理解できるはずだ。牧会の目的はキリストの福音、すなわち、神の御子の贖いによる罪の赦しを宣べ伝えることにあって、贖いを語らず人を罪に定めることにはないからである。
 
村上密氏のキリスト教界批判はとどまるところを知らず、すでにアッセンブリー教団も非難の対象となっている。繰り返すが、こんな人物が何のために未だにキリスト教徒を名乗り、キリスト教界にとどまっているのか、アッセンブリー教団もよくよく考えてみるべきであろう。


3.アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の深刻な「カルト化の危機」


さて、筆者はブログ記事において、2001-2002年にかけて鳴尾教会で起きた混乱に関して、教団が公に配布した資料を公表した。この資料は以下でも示しているが、この発表により、鳴尾教会を巡り教団が長年に渡り、流布して来た数々のデマの暗闇が大きく打破されたものと信じる。

これまで鳴尾教会に関しては、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団及び村上密サイドが、彼らに都合の良い偏った虚偽の情報ばかりをさかんにネット上に流布して来た。 そして、事件の当事者でもなく、当時の教会の様子を知りもしない者たちが、その虚偽の情報に見境なく飛びついては、関係者を中傷し、事件を膨らませながら事実と全く異なる空想物語を言い広めて来た。
 
しかしながら、以下で示す内容は、村上密氏がこれまで鳴尾教会について言い広めて来た情報が、完全に嘘であることを証明している。この主張の信憑性を証拠立てる点としては以下が挙げられる。

1. 以下で示している内容は、当時の教会の実情をよく知る当事者の証言に基づいており、なおかつ、教団側によって公に認められて信徒に配布された資料を根拠としているため、当事者でない者が、確たる証拠もなしに、この事実関係を否定するのは不可能である。
 
2.教団から配布された資料を通して、改めて明らかになるのは、鳴尾教会を混乱に陥れた原因は、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属する指導者ら(津村昭二郎氏、村上密氏)による不当な教会内人事の私物化にあったという事実である。

鳴尾教会の事件を振り返るとき、何よりも明白となるのは、同教会に混乱を引き起こした何よりの原因が、当時の鳴尾教会の主監者であった津村昭二郎氏の義理の息子としての立場を利用して、教団や教会に定められた正式な手続きに則らず、本来は同教会において何の権限を有していなかったにも関わらず、信徒の了承も得ずに、密室の暗闇で教会に不当な介入を繰り返した村上密牧師の不誠実で信用ならない行動にあったという点である。

また、同教会に尋常ならぬこだわりを抱いて引退を拒み、そのために自らの後継として派遣された伝道師を、過酷な労働条件で酷使した挙句、不当な汚名を着せていわれなく追放した当時の鳴尾教会の主監者であり村上密氏の義理の父である津村昭二郎牧師の行動の責任が問われるべきである。

3.にも関わらず、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、鳴尾教会に混乱が起きた2001-2002年当初から、村上氏と津村氏らによって教団内・教会内手続きに従わずに行われた鳴尾教会内人事の私物化という問題点を何ら追究しないまま、こうした指導者らの無責任な対応をかばい立てし、ごまかすために、ただ津村氏の引退により、事件をうやむやなままに幕引きをはかった。

4.さらに、これに終わらず、教団側はその後も、鳴尾教会に起きた混乱の責任が、あたかも教団自らが派遣した後任の山田牧師夫妻や、信徒の側にあるかのように見せかける虚偽の情報を拡散することで、長年に渡り、自らの責任をごまかそうとして来た。

その嘘を正当化するために、教団側は、かつて津村氏が鳴尾の後継者として派遣された伝道師夫妻に濡れ衣を着せて、鳴尾教会から追放をはかったのと同様に、鳴尾の後任である山田牧師牧師夫妻に「異端者」の濡れ衣を着せることで、鳴尾教会に起きた混乱を後任の牧師に責任転嫁することを正当化しようとはかったのである。

5.しかも、このような虚偽の情報を流布するにあたり、村上密氏は、教団のホームページ等、教団の正式なツールを通じて物事を公にして議論を進めようとはせず、むしろ、自身の私的なブログや、アッセンブリー教団とは何の関係もない私人である杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」に代表されるような、教団には何ら関係なく、従って、本来、当然、教会内人事に口をさしはさむ権限も持っていない部外者を積極的に活用して、鳴尾教会を貶めるためのネガティヴ・キャンペーンを行った。

村上氏がこれまで、自らにとって不都合とみなした政敵を貶め、印象を操作して貶めるためのネガティブ・キャンペーン(人物破壊工作)の多くを、教団とは何の関係もない部外者の口から発表させて来たことは周知の事実である。

杉本徳久氏のブログについては、当初から、同氏が「疑わしい」とみなしたクリスチャンを次々と根拠もなくネット上で一方的に吊し上げては私的に制裁を加えるというものであったため、暴走の危険が指摘されていたが、案の上、同氏のブログはキリスト教に恨みを持つ者たちが集まっては、昼夜を問わず、キリスト教徒に対する見境のないリンチを繰り広げるだけの場となって行ったことは、「罪と罰 カルト被害者救済活動はなぜ聖書に反するのか」ですでに指摘したことである。

村上氏はこのように教団と無関係の部外者を積極利用して、インターネットを中心に、自らの意見を代弁させたわけだが、そうした行為に及んだ理由としては、万一、村上氏や教団側の投げかけた疑惑に十分な根拠がないことが明らかにされて、後日、相手方から名誉棄損の訴訟が提起されるなどして責任を問われた際に、同氏や教団関係者らが直接、矢面に立たされることなく、責任を逃れる目的があったものと見られる。

村上氏はカルト化の疑いを投げかけた教会には幾度も自分から裁判をしかけておきながら、自分自身は責任を追及されたくないばかりに、教団とは何の関係もない個人に全責任を身代わりにかぶらせる形で、一般人に自分の意見を代弁させて、教団側にとって都合の良い捏造された情報を言い広めて来たのである。

こうして、自らの見解を公式に発表して自分の述べた言葉の責任を取ろうとはせず、教団と無関係な個人や支持者を身代わりに矢面に立たせることで、相手に公に反論する機会も与えずに、公の審議にはかることもないまま、何の裏付けも取れていない不確かな虚偽の情報を一方的に次々と流布しては、政敵を貶め、クリスチャン同士の疑心暗鬼と対立を煽り、それによって「カルト問題の専門家」として脚光を浴びて来た村上氏が、いかに信用ならない人物であり、同氏の唱える「カルトとの闘い」が、信憑性のない荒唐無稽な嘘っぱちであるかは、今や誰の目にも明白である。

6.こうした一連の事件を振り返るとき、村上氏の唱える「カルトとの闘い」とは、村上氏が不都合な政敵を追い落とすための口実に過ぎなかったことが分かる。鳴尾の事件を見ても分かるように、同氏はすでに十年以上の長きに渡り、自らにとって都合の悪い信徒に対して、「異端者」の濡れ衣をでっちあげては、繰り返し相手を誹謗中傷することで、信用の失墜をはかり、追放を試みて来たのである。つまり、魔女狩りのような「異端疑惑」は、村上氏が自らに不都合な政敵を追放するために用いる常套手段だったのである。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、こうした村上氏や津村氏の身勝手な行動をいさめることもなく、むしろ、その言いなりとなって、彼らと一緒に危険な活動に従事し、卑劣かつ無責任に自らの不適切な対応をごまかし、弱い立場にある牧師や信徒、ひいては教会にまで身代わりに罪を着せながら、責任転嫁をはかって来た。
 
同教団は、本来ならば、鳴尾教会に起きた混乱を収拾すべき立場であったが、それをするどころか、混乱の責任を一方的に教会に転嫁することにより、自分たちは知らぬふりを決め込み、事態をより悪化させて来たのである。

恐ろしいのは、今やアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団全体が、津村氏や村上氏の私物のように動かされている事実である。
 
記事「「カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について」の中でも指摘した通り、こうして他教会の人事に不法に介入しては教会を私物化し、不都合な人間にはでっちあげの嫌疑をかけて追放し、自らに不利な情報は隠蔽し、捏造された情報を支持者を使って大量に流布することによって、自らの責任をごまかし続けて来た村上氏が、まるで正義の味方のような仮面を被って、「弱者救済」の美名の下、「カルト被害者救済活動」を推進し、教団全体を「カルトとの闘い」に巻き込んで来ただけでなく、果ては「カルト監視機構」の設立を訴えて、教団の枠組みを超えて、プロテスタントの全教団教派に属する諸教会の人事にまで介入しようと試みていることは、恐ろしい事態である。
  
このように全く信頼できない行動を繰り返す指導者がリーダーとなって、全プロテスタント教界の教会に干渉することのできる機関が設立されることが、どれほどキリスト教界全体にとって重大かつ恐ろしい危険を意味するか、改めて指摘するまでもないであろう。
 
ちなみに、村上密氏の活動については、カルト被害者の側からも早くから疑念の声が上がっていた。ORCを守る有志の会からは、同氏に対して、すでに2009年の時点で「本当に専門家なのだろうか?」との深刻な疑念が投げかける声明が発表されている。

また、筆者が「偽預言者をゲストに招く教会」の記事でも指摘した通り、村上密氏自身が、カルト化の疑いがあると知っていた指導者を堂々と自らの教会へ招き、被害を受けた信徒の目の前でメッセージをさせるという行為に及んでいたことを、被害者自身が証言している。もともと怪しい霊的ムーブメントを率先して無分別に取り入れて来たアッセンブリー教団が、他教会の活動だけを「カルト化の疑いがある」と批判すること自体がおかしいのだが、それをさて置いても、これは悪質な二重性のある行動だと言わざるを得ない。

7.鳴尾教会は、このような恐るべき腐敗・無法状態・無責任状態に陥った教団から、正式に離脱を決定したが、その際、教団側(村上氏+津村氏サイド)は、教会の決定に復讐心を燃やし、あたかもそれが山田牧師夫妻による不法な「教会の乗っ取り」であったかのように主張して、鳴尾教会の教団からの離脱の決定を撤回させようと、教会に恫喝訴訟をしかけるなどして、執拗に制裁を加えた。

8.しかしながら、村上サイドの主張は裁判によっても認められることはなく、教団側はこれらの争いにことごとく敗れ、鳴尾教会は無事に教団から離脱して新たな出発を遂げた

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団側からの長年に及ぶ執念深く陰湿な言いがかりに対して、無実の小さな教会が勇気をもって戦い抜いた経緯は、「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」のブログに詳しい。

こうして、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と関係を断ち、単立教会として晴れて新たな出発を遂げた鳴尾キリスト福音教会の安堵と喜び溢れる様子は、同教会の新しいホームページからもよく伝わって来る。
  
9.アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、裁判においても全面敗北しているにも関わらず、今日に至るまで、なお鳴尾教会への対応に過ちを認めることなく、あらぬ疑いをかけて誹謗した鳴尾教会関係者への謝罪も行っていない。それどころか、村上密牧師は未だにブログ等で、同教会とその牧師に対する事実無根の非難を続けている有様である。
 
このように、すでに事実を事実として認めることさえできなくなって、現実から乖離した空想の物語を延々と築き上げては自分を正義のヒーローだと勘違いして「カルトとの闘い」に没頭し、自分に敵対するすべての信徒を「悪者」と決めつけて、虚偽を言い広めて恥じることもなく、他の信徒の平和な信仰生活を執拗に妨害してやまない恐るべき教団とのその指導者が、本当にクリスチャンを名乗る資格があるのか、聖書に基づくキリストの平和な福音に根差しているのか、まして牧師として活動するにふさわしい人物であるか、信仰を持たない人の目にも、明白であろう。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、フランスではすでに準カルトと認定されているが、同教団が暗闇で行って来た一連の信用できない活動を見れば、我が国でも、正式にカルト団体との認定を受けるのがふさわしいと言うべきであろう。

アッセンブリー教団からは、随分前から、信徒の深刻な離脱が起きていると聞く。過激な霊的ムーブメントを無分別に取り入れて来たために、もともとプロテスタント内では評判が芳しくなかった教団であるが、村上密牧師の登場以後、同氏が率先して全プロテスタントの教会を敵に回しながら今日に至るまで推し進めて来たカルト被害者救済活動の暴走の様子を見て、良心的な信徒の心はさらに離れたのだと思われる。

たとえキリスト教界が幾多の問題を抱え、カルト化という現象が実際に起きているにせよ、これを是正する方法は、当ブログで幾度も述べて来たように、クリスチャンが聖書に立ち戻ることにしかない。人間的な思惑に基づいて、聖書に従わずに、どんなに人間の正義を振りかざしても、それは泥沼の闘争にしか至らないのであり、かえって残酷で不公平な私刑を助長し、神と教会とクリスチャンに敵対する危険な運動に変わって行くだけである。

信仰によらず、御言葉によらず、人間の思惑だけに基づいて行われる弱者救済活動は、人の目にどんなに良さそうに見えても、神に敵対する人類の自己救済の運動として、失敗に終わることを運命づけられている。

聖書をきちんと理解するならば、弱者救済といううわべだけの美名に欺かれて村上密氏やアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の活動を支持することがどれほど大きな危険であるかが分かるはずである。
 
聖書の神と、聖書の御言葉への忠実な信仰を捨て、神と教会とクリスチャンに敵対してまで、己のプライドと欲望を満たそうとする教団に所属していることが、クリスチャンの平和な信仰生活に有利に働くことはない。もし聖書に忠実に生きたいと願うならば、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とその信者らには、何があっても関わらないことが得策である。      
  
10.村上密氏は、「宗教トラブルセンター」や「カルト被害者救済活動」などの看板を掲げて、他教会のカルト化だけを監視し、糾弾し、取り締まる前に、まずは自教団の深刻なカルト化という現実に目を向け、自分というカルトをこそ監視し、取り締まるべきである。






1.事の発端 ~鳴尾教会を引退するつもりのなかった津村昭二郎牧師~
 
さて、鳴尾教会で起きた事件の問題の顛末については、記事「『カルト監視機構』という名の秘密警察の設立について」でもかいつまんで説明したが、もう一度、ここで教団が公に提示した資料を用いながら、事件の全貌を詳しく振り返りたい。

鳴尾教会は、アメリカ人女性宣教師ジュエル・プライス氏によって創設された。1976年、プライス宣教師が帰国して以後、アッセンンブリーズ・オブ・ゴッド教団に加入し、約四十年間、同教団の津村昭二郎牧師によって牧会された。津村師の牧会時代、妻かほる氏は講壇に立つことはかったので、事実上、牧会者は津村師一人であった。

(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属していた頃の鳴尾教会の正式名称は「鳴尾純福音教会」であった。2010年に同教団から離脱を遂げて単立となって以後、「鳴尾キリスト福音教会」と改称されたが、ここでは「鳴尾教会」という通称で統一する。)

津村昭二郎氏は、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団所属七條基督教会、通称アッセンブリー京都教会牧師村上密氏の義理の父である。しかし、村上密氏は津村氏の家族であるとはいえ、鳴尾教会で生活したことはなく、鳴尾で奉仕した回数も多くはなかった。

さて、2000年を迎えるより以前から、鳴尾教会の信徒らは、津村氏が高齢に達しているにも関わらず、後継者を迎えようとしないことに危機感を募らせていた。津村氏本人は、ベテラン牧師のプライドもあってか、自分の気力・体力・知力の衰えを認めるつもりはなかったようで、引退の予定について自ら信徒に語ることはなかった。

だが、信徒の目から見て、教会は時代の変化に適応することを求められており、その中で、高齢となった津村氏にすべてを任せておくにはあまりにも大きな限界が感じられた。むろん、津村氏の活動の「限界」は、高齢だけが原因では決してなかったのだが、そのことについては後述する。
 
登録されている会員数だけ見れば、鳴尾教会は100人以上の信徒を抱え、人の目には比較的成功している大規模教会のように映ったかも知れない。しかし、これはあくまで帳簿上の数字であり、「死せる魂」が相当数存在していたことは否めない。

毎回の礼拝の平均出席者数はそこからかなり割り引いて考えねばならず、 さらに伝道集会となるとそれはもう悲惨であった。ほぼ毎回、新しい求道者がやって来ることはまれで、空席の穴埋めのために古参信徒が動員されるのが常であった。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団時代の鳴尾教会の礼拝の雰囲気は冷淡で、時代の風潮からも取り残され、福音伝道ということを抜きにしても、人の関心を引く魅力に欠けていた。当時、教団は米国発の新たな霊的ムーブメントの取り込みに精力を傾けていたが、これらの霊的ムーブメントには極めて怪しい非聖書的な教えが多分に含まれており、それは教会にさらなる混乱をもたらすばかりであったが、いずれにしても、教会が変革を求められている事実だけは、信徒は誰も否定していなかった。
 
そんな状況で、鳴尾教会は、若者を積極的に取り込めるような新たな伝道スタイルを模索する必要に迫られていた。その過程で、新しい賛美歌を取り入れたりといった試行錯誤が行われたが、何しろ、高齢の牧師と高齢の信徒ばかりでは改革しようにも結果は知れている。何よりも、津村氏がただ一人の牧会者としてワンマン運営に慣れてしまって、変化を拒み、信徒らの言葉に耳を傾けなくなっていることが最も大きな問題であった。高齢者の牧師が一人で牧会を続けることに信徒が不安を募らせないはずもなく、信徒らは教会の若返りの必要を感じており、津村氏の適宜引退と、教会に活気をもたらす若い吸引力となる後継牧師の赴任を望んでいた。
  
信徒らのこうした要望は、教団や、津村氏自身にも何らかの形で伝わっていたとみられ、鳴尾には実際に、2回ほど伝道師が派遣されて来た。しかし、いずれの場合も定着することなく、早々に鳴尾を去る羽目になった。一人目は結婚とほぼ同時期に教会を去り、二組目は2000年に海外から夫婦で赴任して来たが(便宜上、AB伝道師と呼ぶ)、後述の伝道師の書簡で示す通り、津村氏のワンマンぶりと人遣いの荒さのために極限状態まで追い込まれた上、津村氏によって異端の嫌疑までかけられて、わずか2年程度で教会を去ることを余儀なくされた。この事件こそ、鳴尾教会に起きた混乱の最たる引き金となったのであるが、この事件には最初から最後まで村上密氏が密室で介入していた。

鳴尾教会で騒動が持ち上がったのは、後者のAB伝道師夫妻がすでに教会を去ることが決まってからのことである。AB伝道師夫妻の他教会への異動は、鳴尾信徒の承認なしに、津村氏と村上氏の意向だけによって密室で一方的に決められたため、この事件が鳴尾の信徒らに知らされた時、待ち望んだ後継者を得て、ようやく教会に希望ある将来像を思い描けると安堵していた信徒らにとって、それはあまりにも突然の、全く寝耳に水としか言えない、衝撃的な悲報であった。



2.騒動の原因 ~村上密氏の介入により、密室で決められたAB伝道師の鳴尾からの異動~

AB伝道師夫妻は教団から派遣されて以後、鳴尾の信徒らになじんで好意的に迎えられていた。伝道師夫妻と信徒との間で騒動が持ち上がったことはなく、平均年齢がかなり高かった鳴尾教会では、若く活気あふれる働き手は非常に貴重な存在として受け止められ、AB伝道師は信徒らから津村師の後任者と目され、期待をかけられていた。
 
教会の後継者として赴任して来た伝道師が教会を去るとなれば、よほどの重大な理由がなくてはならない。それに伴う信徒の失望も大きいことが予想されるので、そのような決定は、教会内でよく話し合った上、信徒も含め、教会全体が納得できるような手続きを経て運ばなければ、教会に大きな混乱を引き起こすであろうことが誰にでも予想される。

ところが、書簡でも示されているように、伝道師夫妻の鳴尾からの異動の決定は、村上氏と津村氏の一存によって、鳴尾信徒らには全く知らされることなく行われた。村上氏と津村氏は、密室で伝道師に異動を迫り、すべての出来事を信徒の頭越しに運んだのである。

そうでなくとも、鳴尾教会では、長年に渡って津村氏によるワンマン運営が行われ、役員会までもが津村氏の意向に従う機関のようになって形骸化し、自由で活発な議論が行われる場が失われており、信徒らは教会の重要な意思決定において、常に蚊帳の外に置かれているも同然であった。

津村氏は持ち前の強引な性格と、教会には同氏の他に牧会者がいないという事情を利用して、すっかり物事を独り決めすることに慣れてしまい、何事も信徒によく相談したり、信徒の納得がいくまで十分に説明するということがなかった。その上、この事件には、教団理事であったとはいえ、本来、鳴尾とは直接の関係がなかった村上密氏が暗黙のうちに介入していたため、事態はより鳴尾信徒にとって見えにくく、複雑になっていた。すべての重要な決定が、鳴尾信徒を完全によそにして、密室で決められて行ったことこそ、この事件の混乱の最も主要な原因なのである。

その結果、AB伝道師夫妻が突然、教会を去る羽目になったことについて、最後の最後の段階になるまで、役員すらも事情を知らなかった。

ようやく後継者問題に解決が見いだせると期待していた鳴尾信徒らは、当然ながら、この頭越しの決定に大きな衝撃を受け、憤慨した。そして、なぜそんな決定が行われるに至ったのか、信徒らが教団側に経緯の明確な説明を求めたのも、当然のことである。



3.津村氏をめぐる疑惑 ~教団側文書によって明らかになった津村氏によるAB伝道師に対する一方的な嫌疑と理不尽な扱い~

さて、アッセンブリー教団はこの事件について、鳴尾信徒らへの複数回の説明を行ったが、その過程で、教団責任者に宛てて書かれたAB伝道師の苦情の書簡と、それに対する津村氏の反論が信徒らに公開された。こによって明らかになったのは、AB伝道師の異動の決定は、彼らが鳴尾の後継者にふさわしくないと判断した津村氏の意向を受けて行われたものであり、津村氏と伝道師夫妻の考えには、以前から大きなズレがあったという事実である。

さらに、津村氏と伝道師らの見解の相違は、両者が直接話し合って物事を決めるのでなく、常に鳴尾教会においては何らの権限も持たない、他教会の牧師である村上密氏が介入して津村氏の意向を代理で伝道師に伝えようとしたために、余計にこじれ、決定的なものとなって行ったことも分かった。

まず、この時点で初めて鳴尾信徒に明らかにされた重要な争点としては、次のようなものがあった。

1.AB伝道師夫妻は、津村氏が間もなく引退して後継に道を譲るということを条件に鳴尾教会に赴任して来たが、いざ赴任して見ると、津村氏には一向に引退の意志がないことが明白となり、約束が裏切られた。

津村氏にあたかも近々引退の意志があるかのように伝道師に伝え、これを条件に鳴尾への赴任を促したのは、津村氏本人ではなく、村上密氏であった。次に、津村氏には引退の意志がないと伝道師夫妻に伝え、鳴尾から異動するように促したのも、津村氏本人ではなく、村上密氏であった。

津村氏は反論の中で、あたかも自分には後任に道を譲るつもりがあったかのように述べているが、実際の行動によっては、その意志は何ら具体的に裏付けられることがなかった。むしろ、津村氏が伝道師夫妻の説教に対して初回から好意的でなく、約束を守らず、過酷な労働条件で二人を酷使した挙句、密室で理不尽な嫌疑をかけて一方的に追放するという行為に及んだことによって、結果的に、津村氏には初めから後継を育てるつもりがなく、引退の意志もなかったという推測により信憑性が増し加わったと言えよう。

2.津村氏はAB伝道師を排除するために、密室で彼らにさまざまな嫌疑をかけていた。その中には、B氏の説教が異端的であるという指摘や、A氏の牧会活動の不備への非難等も含まれていた。

 しかしながら、こうした問題は、すべて津村氏が一方的に密室でAB氏に対して提起しただけのものであって、教会内の公の場ではきちんと議論されたことが一度もなく、具体的な証拠の裏付けもなかった。鳴尾信徒に対しては、そのようなやり取りがあったこと自体、秘密にされていたのである。

3.伝道師夫妻が鳴尾から異動することがすでに決定した後で、彼らの書簡を通して、その本当の理由が、津村氏が両氏を後継者にふさわしくないと判断したことにあると判明したが、伝道師の書簡を通して、鳴尾信徒らには、津村氏のAB両氏に対する非難には正当な根拠がなく、B氏の説教の異端性を裏付けるだけの十分な証拠も、またA氏の牧会活動の不備を裏付ける具体的な証拠も、何ら存在しなかったことが判明した。

むしろ、AB両氏の書簡から明らかになったのは、彼らにあまりにも理不尽かつ配慮に欠ける過酷な労働条件・生活条件を耐え忍ばせていたのは津村氏の方であったという事実だった。そうした背景を見るならば、津村氏がAB両氏にかけた様々な「嫌疑」は、むしろ、津村氏が伝道師夫妻を労働力として使えるだけ使った挙句に、教会から都合よく排除するために作り上げた口実であったと見る方が自然である。

4.こうした津村氏の一連の圧迫的な言動によって極限まで追い込まれ、また、津村氏に引退の意向がないことなど、約束が裏切られたことに不信感を持ち、さらに村上密氏による密室での圧力を受けて、AB伝道師夫妻の方でも、鳴尾教会にとどまることが困難と判断して、異動届を出したことが明らかになった。

しかしながら、この決定もまた、津村師の同席なしに、鳴尾信徒の頭越しに、村上密氏が密室で伝道師に促した結果であった。



4.混乱の深化 ~村上密氏による暗闇での鳴尾の人事への介入の問題点と、津村氏の責任をあいまいにした教団側の不透明で不適切な対応~

教団側からの説明の際、鳴尾の信徒らには、伝道師夫妻が教団に宛てて書いた苦情の手紙だけでなく、それに対する津村氏からの反論も明らかにされた。それにも関わらず、鳴尾信徒らには、後継者と期待をかけられていたAB両氏をどうしても津村氏が教会から異動させねばならないほどの重大な理由が存在したとは理解できる状況になかった。

何よりも、これほど重大な決定を信徒の誰一人とも十分に話し合うことなく独り決めした津村氏の行動そのものが、鳴尾信徒に対する裏切り行為として、重大な不信感を生じさせることになった。鳴尾信徒の大半は、AB両氏を鳴尾教会の後継者にふさわしくないと一方的に判断して、教会内の会議にはかることなく、両者を異動させた津村氏の判断が、適正を欠く誤ったものであると理解した。

さらに後継問題と同時に、津村氏による教会会計の私物化という問題も提起された。実際に使徒不明金の存在も指摘され、津村氏はその疑惑に十分に応えることができないまま、引退に追い込まれることになった。

このように、教団側が鳴尾信徒らに提示した文書の存在を通して、鳴尾信徒には、教会人事の決定が、それまでずっと津村氏と村上密氏によって、鳴尾信徒をよそに行われたことが明らかになった。そこで、その文書の内容は、AB伝道師に対する疑惑よりも、むしろ、津村氏と村上氏に対する疑惑をより一層、深めさせるものとなった。

にも関わらず、教団側は、人事決定の手続きの公正さが正しく確保されていなかった事実や、津村氏が密室で下した一方的な決定の不適切さについて、十分な釈明や真相究明を行うことがないまま、さらに、鳴尾教会において何の権限も有していないにも関わらず、鳴尾の後継者問題という、極めて重大な問題に権限なく介入した村上密氏の責任問題をも何ら明確にすることなく、ただ津村氏の自主的な引責辞任という結果だけで、すべてをうやむやにし、お茶を濁したのであった。

こうして教団は、この事件の全体の責任の所在を全くあいまいにしたまま、真相を究明することもなく、伝道師らを左遷同然の形で他教会に異動させることで幕引きをはかろうとしたが、そうなった背景に、津村氏の家族として、同氏を不名誉な形で失脚させないためにかばいだてしたいという、村上密氏の思惑が強く働いていたことは疑いの余地がない。

こうした教団側の一連の適正さを欠く、不透明で筋の通らない説明が、鳴尾の信徒らには教団そのものに対する払拭しがたい疑念を生じさせるきっかけとなった。それが最大の原因となって、その後、同教会は長く続く混乱の中に投げ出され、ついには教団離脱という決定に至ったのである。



5.繰り返される悪夢 ~教団側から鳴尾牧師に再びかけられた嫌疑~

鳴尾教会は、後継者と期待していた伝道師を失い、主任牧師も辞任によっていなくなり、それらの出来事を引き起こした原因件は一体、何だったのかということについても、教団側から何ら明確な説明を得られないまま、無牧の混乱の中に投げ出された。

その後、教団から鳴尾に新たな牧師が後任として派遣されるまでにも数ヶ月を要した。この一連の事件は、鳴尾信徒に深刻な悪影響を与え、後任の牧師が赴任するまでの間にも、起きた事件の理不尽さや、教団側の不透明な対応に失望し、愛想を尽かした信徒の深刻な離散が後をついだ。長年に渡り、師と仰いで仕えてきた津村氏の側から、信徒の信頼への裏切り行為が発覚した衝撃が何より大きかったと見られる。鳴尾からの信徒の離散は、新たな牧師夫妻が赴任した後でもやまなかった。

教団は本来、津村氏にまつわる事件についてきちんと原因を究明し、責任の所在を明らかにした上で、信徒の前に釈明すべきであったのはもちろんのこと、鳴尾信徒の混乱をおさめ、信徒の離散を防ぐために、全力を挙げて事態の収拾にあたるべきであった。

ところが、あろうことか、ようやく新たな牧師夫妻(山田博・晃美氏)を鳴尾に派遣した後になっても、教団(及び村上・津村サイド)は、後述するように、鳴尾の混乱を収拾するどころか、悪夢のような問題を蒸し返して、鳴尾を再び無牧に追い込もうとするかのように、今度は新しい牧師夫妻に対してまでも異端の嫌疑をかけ、鳴尾の牧会者にふさわしくないかのように主張し始めたのである。

津村氏は鳴尾を辞任後、村上密氏の牧会する京都教会に引き取られ、そこで何事もなかったかのように奉仕を続けていたが、まるで本心では鳴尾を手放したくないと思い続ける津村氏の執念が、依然、村上密氏と教団を経由して、遠隔操作によって鳴尾に及んでいるかのような不気味な状況であった。

鳴尾はすでに教団側の意味不明な動機によって伝道者を理不尽な形で失い、大きな痛手を経験していたので、今度は新しい牧師夫妻までも、またも訳の分からない嫌疑によって教会から取り上げられるのを恐れた。大勢の鳴尾信徒らは、もはや教団から離脱しないことには、このような津村氏と村上氏による呪縛は終わらず、同じことがずっと繰り返されるだけであると判断したのだと思われる。

そこで、鳴尾教会は正式な教会内手続きを経て、信徒らの総意によって、教団を離れることを決定した(「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」の記事によれば2010年5月27日付で単立教会としてスタートした)。しかし、教団側はこの決定を認めようとはせず、あたかもこの単立化は牧師夫妻の扇動によって、教会を乗っ取るために引き起こされた不正な手続きであったかのように主張して、恫喝に等しい裁判をしかけることによって、教団離脱を決めた鳴尾教会と信徒らに対して制裁を加え、離脱を阻止しようと試みたのであった。

(教団側はことごとくこれらの争いに敗れたが、この争いについては以下の記事も参照されたい。
文化庁第160回宗教法人審議会議事録 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録
文化庁第163回宗教法人審議会議事録 ~「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」による「鳴尾キリスト福音教会」の単立化手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
宗務時報No.115 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~



6.事件のパターン化 ~「津村氏の呪縛」? 村上サイドから鳴尾教会の牧者に繰り返されている攻撃~

以上の事件から分かるのは、津村氏・村上密サイド、すなわち、アッセンブリー教団側は、鳴尾に赴任して来る伝道師や牧師に対して、次々と同じような「異端疑惑」や「牧会不備の嫌疑」をかけては、鳴尾教会から繰り返し牧者を追放しようと試みて来たことである。

個々の事件だけを見ると、重箱の隅をつついたような議論に陥りがちであるが、こうした一連の事件を合わせてみると、そこには津村氏と村上氏サイドのあるパターン化した行動が見えて来る。AB伝道師夫妻と、現在の鳴尾教会の牧師である山田夫妻に対して教団側(村上・津村サイド)からかけられた嫌疑は不思議なほど内容が似ているのである。

特に、極めて興味深いのは、村上・津村氏サイドがまずは女性牧者に対して「異端」の濡れ衣を着せようと試みたことである。

以下に示すAB氏の書簡でも、津村氏が特に女性伝道師であるB氏に対して執拗に言いがかりをつけようとしていたことが分かる。ちなみに、同伝道師が鳴尾を去った後で他教会を牧会する中で、同様の話は一度も持ち上がったことはない。

こうした事実を見るにつけても、B氏に対する「異端疑惑」は、鳴尾から気に入らない牧者を追放する口実として、村上・津村師サイドが持ち出した事実無根の言いがかりであったとしか思えないのである。そして、こうした「疑惑」を盾に取って伝道師を実際に追放したという初回の「成功」に味をしめたのか、村上サイドは、その後も、ほぼ同じ手法を用いて、鳴尾教会の牧師である山田夫妻、特に夫人の牧師山田晃美氏に対して執拗に異端疑惑を持ちかけたのである(村上密氏のブログ記事参照)。

このように、村上サイドがまずは女性伝道者に異端の嫌疑をかけて、次に男性伝道者に対しても言いがかりをつけ、両者を追放しようと試みる手法は、両事件に共通しており、こうした魔女狩りのような「異端疑惑」を一方的に持ち出して、不都合な人間を追い詰めることは、村上・津村氏サイドの常套手段のように見える。

そもそも異端嫌疑というのは大変、重大な問題であるから、そのような問題を論じるにあたっては、ことを公にして教団内の専門家らの間で公式の会議を行ない、慎重に議論を出すことが不可欠である。そうした公の議論もなされないうちに、津村氏がB氏にしたように、一方的に牧師が牧師を密室で非難し、さらにそれを根拠として人事異動の理由とすることが、いかに常識はずれで理不尽な手続きであるかは言うまでもない。

聖書にも次のようにある、「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。」(マタイ18:15-17)

つまり、聖書によれば、仮に誰かが本当に異端の教えに陥っている疑いがあったとしても、誰も証人のいない密室で、誰か一人だけの一存によって事実が判断されるべきではなく、複数の証人による確認が必要であり、さらに本人に予告なしに突然、公衆の面前で相手を辱めるような形でその事実を公表して断罪したりするようなことは、全く認められていないのである。

こうしたことからも、村上・津村氏が鳴尾の伝道師や牧師らに対して繰り返し提起して来た「異端疑惑」は、クリスチャンの手法としてふさわしいものではなく、ただ村上・津村両氏が気に入らない人物を左遷するための口実であったとしか考えられないのである。

村上サイドは山田晃美氏に対して異端の嫌疑をかけた際、これが教団内できちんと議論・検証されるよりも前に、教団とは無関係の個人である杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」などを盛んに使って中傷を流布し、事実の裏付けがきちんと取れてもいないのに、あたかもそれが客観的な事実であるかのようにデマを言い広め、牧師夫妻のイメージを貶めようとした。だが、村上サイドがそのようにまことしやかに流布した「嫌疑」は、教団内で話し合われた結果、結局、何ら裏付けが取れず、全く公に認められないまま今日に至っている。にも関わらず、この何の裏付けも取れていない中傷を、杉本氏も村上氏も今日まで全く撤回する気配を見せていない。

これは村上密氏・杉本徳久氏らが、確信犯的な嘘つきであるという事実をよく物語っている。

こうして、「カルトと闘う正義の味方」を演じながら、次々と他の牧者に濡れ衣を着せてはいわれなく粛清・追放を試みている彼らが、一体、何のためにキリスト教徒を装い、キリスト教界に潜り込んで活動しているのか、信者らは、彼らの振りかざすうわべだけの浅はかな正義や大義名分に欺かれることなく、今一度、立ち止まってよく考えてみる必要があるだろう。

(村上密氏、杉本徳久が山田晃美氏に対して主張している異端疑惑が教団内でも認められなかった事実については、「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」の記事を参照されたい)。



7.「魔女狩り」の背景 ~津村氏と村上氏の男尊女卑と唯我独尊の思想~

さて、以上に記した「魔女狩り」とでもいうべき、女性伝道者に対する村上・津村氏サイドからの執拗な「異端疑惑」の言いがかりは、なぜ行われたのだろうか。

津村氏を身近で見て知っている人間として、率直に言えることは、同氏は相当なワンマンな教会運営者であったという事実である。鳴尾では、古参の男性役員の意見にさえ真摯に耳を傾けることがなく、まして女性の言い分に耳を傾ける習慣はなかった。

津村師の妻も講壇に立つことはなく、常に後ろに退いて同師のサポート役に徹していたことを見ても、戦前の家父長制の色濃く残る時代に生まれた津村氏は、夫のある女性は、妻として母として、夫を立て、男性を支えるために黒子に徹すべきという考えを持っていたのではないかと想像される。

戦争という出来事も手伝って、恵まれた教育を十分に受けているような余裕がなかったのかも知れないが、津村氏は、女性が高い教育を受けて伝道者となり、男性と同じように講壇に立って説教すること自体に、強い違和感を覚え、自分の地位が脅かされるかのように感じていたのではないかと想像される。

(ちなみに、津村氏の娘である村上恵子氏も、牧師資格を持っているはずだが、村上密氏と同じように講壇に立ってメッセージを語り、活躍しているという話を聞いたことがない。やはり、夫よりも後ろにさがってサポート役に徹すべきという考えを持っているためだと思われてならない。)

改めてAB伝道師の書簡を読むにつけても、津村氏は、女性伝道者の活躍を快く容認できなかったのみならず、自らの後継者と目されていた男性伝道者に対しても、同じように嫉妬深い、敵意に近い感情を抱いていた様子が見えて来る。

一言で言えば、津村氏はずっと自分だけが鳴尾教会のナンバーワンでい続けたかったのであり、鳴尾を牧会していた間も、鳴尾を去った後も、彼は自らの地位を誰かに譲ることに我慢がならなかったのではないかと思われる。

にも関わらず、後継者に道を譲るつもりがあるかのようなフリをしたのは、信徒らの要望に耳を傾けているというポーズであったのか、それとも、それを口実に教会に都合の良い雑用係を手に入れるためであったのか、今となっては誰にも分からない。

だが、どちらにしても、鳴尾を手放すつもりは津村氏にはもともとなかったのである。

だからこそ、同氏は伝道師夫妻を追放しただけでは飽き足らず、その後も、村上密氏を通して、後任の牧師にまで嫌疑をかけることで、今日に至るまで、鳴尾教会を手中に取り戻そうと、執拗な圧力を加え続けているのある。 

ここまでくると、妄執、呪縛と言って差し支えない。鳴尾は津村氏の辞任後も、今に至るまでずっと生霊のような津村氏の呪縛に追われているのだと言えるかも知れない。 



8.「魔女狩り」の理由その2 ~村上氏は鳴尾をブランチ化したかった?~

さらに、なぜ津村氏のみならず、村上氏までが、鳴尾教会に対して、これほどまでの執念を抱いているのだろうかという疑問が生まれる。

これについても、津村氏のみならず、村上氏にもまた、同教会を自分の手中におさめたかった理由があるのではないかと推測される。

その根拠として挙げられるのは、村上密氏が、カルト被害者救済活動を通して、カルト化の疑いがあるプロテスタントのキリスト教会に積極的に裁判等をしかけて牧師を追放し、信徒を「救済する」という名目で、教会を取り潰して、無牧の群れを作り出すことによって、自分の教会のブランチ化して来たという事実があるためである。

このブランチ化という手法を見るならば、ファミリー経営の企業の合併のような感覚で、村上氏が津村氏の引退後、鳴尾教会は当然、自分の教会のブランチになると考えていたとしても不思議ではない。

京都教会と鳴尾教会は地理的にそれほど離れておらず、沖縄の教会をブランチ化するよりも、鳴尾をブランチ化する方が事ははるかに容易である。

だが、鳴尾に村上氏になびかない牧者がいる限り、それは成立しない得ない相談だ。特に、立派な教育を受け、強気でものを言ってくるような「目障りな」女性伝道者など、もっての他ということになろう。
 
だからこそ、そういう「小賢しい連中」はあらゆる嫌疑をかけて早々に追放してしまい、鳴尾教会を何が何でも自分の教会に併合したかった、それが村上氏の本音ではあるまいかと推測されてならない。いずれにしても、そのような理由でもない限り、これほどの長年に渡り、また、裁判で敗北しているにも関わらず、なぜ村上氏が一向にこの教会を諦めようとしないのか、説明がつかないのである。

このことは、これまで村上氏が自らにとって不都合な人物に対して盛んに行って来たネガティブ・キャンペーンの内容を見ても、さらに確信が強まる。

村上密氏のネガキャンの内容は、大体、彼自身の野望を他人に転嫁して非難して来ただけに過ぎない。これは杉本徳久氏にもあてはまることだが、彼らが他人に向けている非難のほぼ全てが、誰よりも彼ら自身にこそ、そっくり当てはまる内容なのである。

村上氏は、鳴尾教会がアッセンブリー教団を離れたことについて、あたかも鳴尾の山田牧師夫妻が鳴尾教会を「乗っ取った」かのように主張していたが、同教会は適正な手続きによって教団から離脱したのであり、そこに「乗っ取り」は全く存在しなかったことは、裁判によっても裏付けられている。

そこで、改めて生まれる疑問は、この教会を「乗っ取ろう(=併合しよう、ブランチ化しよう)」としていたのは、むしろ、村上氏(+津村氏)の方ではなかったかということである。

自らの野望を隠すためにこそ、同氏らは自分の思惑をあたかも他人のものであるかのようにすり替え、自分は正義の味方のように装いながら、あの手この手で水面下で山田牧師夫妻の頭越しに鳴尾信徒らに接近し、牧師夫妻の悪口を吹き込んでは、鳴尾教会の意思決定を分裂させて、鳴尾の教団からの離脱を阻止し、自らの支配下に取り戻そうと試みて来たのではないかと見られる。

おそらくは、そうなるよりも前から、もっと早くから鳴尾教会を自らの支配下におさめようという思惑があってこそ、村上密氏は、津村氏の義理の息子という立場を存分に利用して、約十四年前から鳴尾教会の人事に暗闇で干渉し、伝道師の追放という事件に深く関わって来たのだと見られる。

いかに津村氏との義理の家族関係があったとしても、鳴尾信徒の頭越しに、教団と教会内の規則を無視して、密室で、他教会の人事に介入するなど言語道断である。それは誰の目にも、適正さを欠く、不誠実で信頼できない行動と映るのは明白である。

なぜそのような不透明な介入を村上密氏は当時から行って来たのか。結局、それは誰よりも村上氏自身が、鳴尾教会の人事を暗闇で思うがままに動かし、この教会を自分の支配下に掌握するためではなかったのか。鳴尾教会の教団からの離脱を手を尽くして阻止しようとして来たのも、同じ理由からではないのか。

つまり、村上氏こそ、鳴尾教会に対する「乗っ取り」をはかって来た張本人なのである。同氏には何としても鳴尾教会を自分の支配下に掌握したい理由があり、そのためにこそ、津村氏との家族関係を利用して、当時からこの教会に対して、あらゆる不当な方法を用いて介入をはかって来たのである。

多くの鳴尾信徒らには、そのような村上氏の執念が分かっていたからこそ、鳴尾教会はこのような人物の「魔の手」から逃れるためには、村上氏のいるアッセンブリー教団そのものから離脱するしかないと判断したのだと考えられる。



9.本当の「異端者」は誰か? ~自己の無謬性を主張し、自ら神に代わって裁きを行うという異端~

繰り返すが、村上密氏が疑わしい教会や牧師に対して行っているガティブ・キャンペーンは、その多くが、ただ彼自身の野望を他人に投影し、責任転嫁するものでしかない。

だとすれば、彼らが鳴尾の牧者らに繰り返しかけてきた「異端疑惑」についても、真の「異端者」は一体、誰だったのか、という問題を、今一度、冷静に考えてみなければならない。

村上密氏は最近でも、「教会のカルト化―神のことばに混ぜ物をして売る危険―」などと題して、盛んに各地でカルト対策セミナーを行っている。しかし、こうした題名を見るにつけても分かるのは、彼は自分だけは決して間違わず、正しい見地から物事を主張できると考えて、カルト化の危険をただ他人事として述べていることである。

もし「混ぜ物」をする危険を訴えるならば、本当は、村上氏自身こそ、誰よりもその危険をかえりみなければならない。なぜなら、村上氏の誤りの多い偏ったブログの文章や、彼が他人に対してまき散らして来た裏づけの取れない中傷こそが、「混ぜ物」に他ならないからである。

もっと言うならば、村上密氏が所属するアッセンブリー教団が推進しているペンテコステ運動そのものが、聖書に基づかない異端であり、「混合の教え」である。それは筆者が当ブログで繰り返し主張していることであり、さらに、村上氏が提唱しているカルト監視機構や、同氏がカルト被害者救済活動を通じて煽ってきたような教会への裁判を肯定する御言葉も、聖書にはない。

村上氏のブログ内容は、人間的な観点だけから見ても、客観性を欠く問題だらけの偏った内容で、自らにとって不都合なことは、たとえ事実であっても書かれてはいない。さらに、同氏が聖書の御言葉に背いて、キリスト教界に対する敵意と憎悪を煽るような活動を行って来たのに、これを差し置いて、どうして他人だけに向かって御言葉へ「混ぜ物をする危険」など語る資格があろうか。

だが、村上密氏はそのようなことをかえりみることはない。自分だけは誤りに陥ることなく、他教会のカルト化を取り締まる正義の味方でいられると思い込み、自己の無謬性を確信しながら、他者だけを終わりなく断罪している。そのように一方的で独善的なものの見方しかできなくなってしまっていること自体が、すでに同氏の信仰が異常であることの何より明白な証拠であることに気づかない。

村上密氏の活動を振り返る時、そこに顕著に表れているのは、同氏が自分もカルト化教会の牧師と同じように、罪ある誤りやすい人間の一人であることが認められなくなり、自分を疑うということが全くできなくなって、自分を神のように絶対的に正しい存在とみなして、それを根拠に、他人の内心を取り締まり、指導できる資格があると思い込んでいることである。

同氏は自分自身がまるで聖なる人間であるかのように、誰からの承認も受けていないのに、「キリスト教界のカルト化問題を解決する」と一方的に名乗り出て、その口実さえ用いれば、自分たちは正義の担い手として、教界全体を是正する権限が与えられているかのように振る舞う。他方、彼らを攻撃する者たちは、無知な悪魔の手下であり、彼らを排斥することによって、キリスト教界の浄化が成し遂げられるかのように思い込み、何の権限にも基づかずに、疑わしい人物の摘発と排斥に日夜精力を費やしているのである。

しかし、人の抱える悪の問題は、人の自由意志と密接に結びついていればこそこそ、本人の自主的な選択によらずには解決し得ない問題である。まして信仰生活ではそうである。この世の刑法その他の法律は、犯罪を犯した人間を外的強制力によって罰することはできるが、その措置は人間の内面にまで到達しない。人間の悪は決して外から是正することができず、どんな優れて、道徳的で立派な人間も、他人の内心の悪を取り締まり、是正することができるほどまでの義と聖を内に宿してはいない。それができるのは神だけであるが、その神が、有無を言わさぬ強制力を用いることなく、人が自主的に悔い改めて神に立ち返るのを待っておられる以上、誰が神に代わって人間の罪の問題を無理やり暴き出し、これを裁き、罰し、解決することができるだろうか。そのようなことは、人間の内心の自由に対する侵害と、神に対する越権行為に他ならない。

もし自分が神と同じほど正義であり、聖であるという確信がなければ、他者の信仰生活に立ち入って、その誤りを正し、しかも、これを実力行使によって排除するために取り締まるなど誰にもできない相談である。

村上密氏はカルト問題について饒舌に語り、他者の悪事を暴きながら、常に一番肝心な点をごまかしている。それは、どんなに道を誤るクリスチャンが大勢登場したとしても、それをただ他人事としてのみ語れる人間はいないということである。人間の罪の問題は極めて深く、人の堕落にははかりしれない深みがあり、その点で、村上密自身も、極めて堕落した人間の一人に過ぎず、キリスト教界の悪を是正する正義の味方には決してなり得ない。にも関わらず、人間の悪の問題に対する唯一の解決である神の側からの救済に頼らず、人が人自身の力によって、キリスト教界からすべての悪を根絶しようとすることは、人類が己の力で神の聖に到達しようとする努力と同じく、人間の思い上がりでしかなく、それは聖書の神に対する反逆でしかないのである。

人間が自力で神の聖に至れるかのように教える思想は、すべて異端であるが、そのような思想は、その担い手である人間を、偽りの「聖」で幻惑し、自分自身の現実の本当の姿を忘れさせ、狂わせてしまう。そのようなカルト的思考にはまった人々は、自分の罪や愚かさが見えなくなり、自分をありもしない聖人やヒーローのように思い描いて、自分を正義の味方であると思い込み、この現実逃避的な空想と思い込みに基づいて、自分には世界を改革する使命があり、自分の力によって地上の悪を一掃できるかのような幻想を抱かせられる。そうして自分を神のように高く掲げる一方で、自分の活動を理解せず、支持しようとしない他者は容赦なく断罪し、不当なやり方で追い詰め、迫害しながら、はた迷惑でしかない「世直し」に邁進して行くのである。

自分が完全に「聖化」されたかのように偽りを信じてしまった信者は、それ以後、自分を神に等しい絶対者とみなすようになり、自分の過ちをかえりみることなく、自らのメッセージを神の御言葉と同一視して、信者に絶対服従を求めたり、自分の判断を神の審判と勘違いして、自分に逆らう者をことごとく「異端者」扱いして、魔女狩りのような「異端審問」を実行して、無実の人々を苦しめたりする。

異端にて警戒を呼びかけたり、危険な教えに逸れている信徒に忠告することは、聖書が禁じておらず、むしろ奨励していることであり、それ自体は何ら咎められる行為ではない。だが、そうするためには、聖書の御言葉に照らし合わせて十分かつ詳細な検証が不可欠であり、それをせずに、誰彼構わず気に入らない人物に異端のレッテルを貼って排除するのでは、「魔女狩り」のそしりは免れられない。

また、独麦は抜かずにおくようにと聖書が教えていることから、たとえ異端者であっても、クリスチャンが裁判等の実力行使によってこれを排除し、いつまでも苦しめ続け、生活の場を奪い、追い詰めるようなことは全く認められていない。

まして、教会に裁判をしかけて弱体化させることによって、自分の教会に併合したりするような活動は、人の目から見ても「救済」からはほど遠く、聖書に基づくものではない。そもそも牧師が教会を訴えるという行為自体が、村上密氏の登場以前には、プロテスタントのキリスト教界に未だかつて存在したことのない異常現象である。

村上密氏は、「カルトとの闘い」の問題を常に自分の外にあるものとみなし、決して、己の中にある抜きがたい悪と、罪なる性質という問題ときちんと真正面から対峙しようとはせずに、他者の悪事ばかりを目を皿のようにして厳しく追究し告発する。つまり、自分自身の無知や、愚かさ、罪深さ、誤りやすさ、自分自身が人として持つ取り去ることのできない罪なる性質と、そこから来る堕落を、同氏は極めて過小評価しているか、いや、すでにないものとして考えていると言って差し支えない。

そのような高慢を信者に生じさせる背景として考えられるのは、決まって 統一教会の教えのように、地上で完全な聖化がありうると教える異端の影響以外にはないのである。

文鮮明夫妻に帰依し、彼らを「真の父母」として、信者がその「子」となることによって、「聖家族」に加えられ、「神の血統」に転換し、そのような「一つの霊の家族」に属する信者の家庭を全人類にまで押し広げ、全人類を一家族に統合すべきであるなどと唱えている統一教会の教えに顕著に見られるように、カルト的思考は、それに汚染された人々に、「世界救済」という目的に向けての英雄のような偽りの自己像を造り出し、現実の本当の自分自身の姿を忘れさせてしまう。

異端思想は常に、信者が聖書の御言葉を守らなくとも、別の方法で聖化されうるかのような偽りを吹き込むが、ペンテコステ運動も、その点で、統一教会と何ら変わらない。たとえば、福音派の中から始まったペンテコステ運動としてのカリスマ運動を率いる手束正昭牧師は、自らの著書の中で、「父・母・子」のグノーシス主義的・異端的三位一体論に基づいて、信者が牧師夫妻を「霊の父・母」とみなし、その「子」となって「霊の家族」の交わりに加わり、「母なる聖霊」を受けることにより、「新創造」にされると、聖書に反する明白な異端的主張を述べている。

その手束氏の唱える「教会成長論」をベースに成長して来たのがペンテコステ運動に関わる諸教会である。こうしたことから、ペンテコステ運動が盛んに強調する「聖霊」とは、一体、何の霊であり、それはどこから来た教えなのか、信者は十分に検討しなければならない。

こうした教義に関する議論を抜きにしても、村上氏が鳴尾の教会人事に資格なしで介入して来たことや、カルト監視機構の設立の提案によって、アッセンブリー教団だけでなく、全プロテスタントの諸教会に介入する権限を得ようと試みたことや、同氏の手法が常に、開かれた公の場での話し合いを通して、物事を解決して行くのではなく、密室の暗闇で、自分は矢面に立たず、証拠の残らない形で、支持者らを手先のように使っては、他人に制裁を加え、影響力を行使し続けるというものだったことを考えても、このような人物が、果たして人間として信頼に足るのかどうか、まして信仰者と呼ばれるにふさわしいのか、このような人物が、何を目的にキリスト教界で活動しているのか、クリスチャンは改めて考える必要があろう。

聖書の御言葉の切り分けを否定して、異端的三位一体論に基づく「愛と赦しの母性的な受容の福音」を唱え、正統なキリスト教に対する恨みや被害者意識を持つ自称弱者ばかりを積極的に集めては、リバイバルという地上天国の夢を唱えるペンテコステ・カリスマ運動は、そのものが悪しき霊の温床となって、数々の混乱と悲劇を生んでいるが、村上氏の活動はまさにその只中から生まれて来たものである。

気に入らない同業者や信徒に対して次々と「異端」の嫌疑をかけては排除を試みて来た村上密氏であるが、同氏自身は果たして異端者でないと言えるのか、慎重に再考することが必要である。




1. 伝道師夫妻が教団へ宛てた苦情の手紙と津村昭二郎牧師の反論

この文書は、津村昭二郎牧師の後継者となるべく、教団から正式に鳴尾教会に派遣され、信徒からも期待を寄せられていたAB伝道師夫妻が、津村氏と村上氏からかけられたいわれなき嫌疑の圧力を受けて、他教会に異動せざるを得なくなった際、彼らが教団の責任者に宛てて、津村牧師の采配の下で自分たちの置かれていた苦しい立を訴えるために送った書簡である。

ここには、鳴尾問題の発端となった津村氏の引退に関する事情を、村上氏が最初から不正確な形で伝道師に伝えた上で鳴尾教会への赴任を促していた事実や、津村氏のワンマン教会運営ぶり、津村氏から伝道師夫妻にかけられた理不尽な嫌疑、津村氏が伝道師夫妻に強いていた過酷な労働・生活環境、さらには教団理事であり津村氏の義理の息子であった村上密氏が、規約や正当な権限に基づかず、鳴尾教会人事への度重なる密室での公正さを欠く不透明な介入を行っていた詳細がよく示されている。

この伝道師の書簡には、教団から配布された時点で、津村氏からの公式な反論も併記されていた。そこで、これは決して一方的に伝道師の主張だけに肩入れした不公平な資料ではない。しかし、津村氏の反論を考慮しても、なお依然として、津村氏が自らの後継者として派遣された伝道師夫妻をなぜ「後任にふさわしくない」と断定して鳴尾から追放せねばならなかったのか、相応の重大な理由が存在したという事実を、信徒らが客観的に確認することが全くできないのである。

むしろ、この資料を通して浮かび上がって来るのは、信徒からも信頼を得ていた伝道師を鳴尾から異動させるという重大な決定を、鳴尾の役員会で審議することもなく、鳴尾信徒には一切相談も説明もなしに独り決めしてしまった津村氏の独善的な牧会のあり方の重大な問題、および、それに便乗するような形で、当時、教団理事であったとはいえ、鳴尾教会内では何ら公の権限を持っていなかったにも関わらず、あたかも自分が津村氏の代理人であるかのように、鳴尾信徒を徹頭徹尾蚊帳の外に置いて、鳴尾教会の人事に不透明な介入を繰り返した村上密氏の信頼性に欠ける行動の問題である。

こうした津村氏と村上氏の透明性や公正さを欠く数々の信頼できない行動と、伝道師が津村氏の下で強いられていた過酷な生活条件を振り返るとき、津村氏及び村上氏が両伝道師にかけた様々な疑惑は、決して根拠あるものとは言えず、むしろ、ブラック企業がよく使う手のように、津村氏には最初から引退するつもりがなかったのに、伝道師にいずれは鳴尾の後継者になれるというむなしい期待を抱かせて、彼らの期待を担保に取って、伝道師を雑用係のように使役した上、都合よく鳴尾教会から追い払うために作られた口実だったと見るのが適当であるように思われてならない。

なお、文中の赤字は筆者による強調津村師からの反論は紫字、さらに筆者による注釈を青字で加えた。伝道師夫妻の名前はA師(夫)B師(妻)と仮名にした。

 


「教団総務局長 内川 寿造先生


内川先生、先日は突然のお電話、失礼しました。今までの経緯について、順を追って出来るだけ➀客観的に事実を報告させて頂いた方がいいかと思って改めて文書にしています。

➀ 事実だけではなく、想像して記載されている部分が多い

(残念ながら、この資料において、AB伝道師が事の次第を極めて丁寧に詳細に説明しているのに対し、津村氏からの反論はその10分の1にも満たないごくわずかな量であり、とてもではないが、事実関係を客観的に説明した信憑性のあるものとは言えない。

 この他にも、津村氏が教団に宛てた手紙も鳴尾信徒らに配布されたが、そこにもこの資料以上の具体的な反論は何も記されていなかった。

 上記のような津村氏の短い反論を読んでも明らかになるのは、同氏は普段から何事についても圧倒的な説明不足であった(もしくは周囲に理解できるように説明しようとの意欲が圧倒的に不足していた)という事実である。
 
 津村氏は教会内で物事を決める際にも、きちんと物事を周囲に相談し、予め十分に周囲の納得を得てから行動することがほとんどなかった。むしろ、説明抜きに、自らの意志を一方的に押し通してしまうことがほとんどであったと言える。
   そういった事情から、鳴尾信徒らは常に津村氏の説明不足の部分を「推測」や「想像」で補いながら、同氏の心中を忖度して行動するしかなかったのである。

 それは伝道師も同じであったろうと見られる。従って、たとえこの手紙でAB伝道師が「想像」で何かを書いている部分があったとしても、それは津村氏の説明不足が原因で引き起こされたことであり、伝道師の「想像」が先走りした結果ではないのだと言える。

 だが、むろん、津村氏自身はそんなことには全く思いが至っていないことは言うまでもない。) 

   
    実はAPTSを卒業する前に七条教会で村上師と卒業後のことについて話し合う機会がありました。2000年の冬だったと記憶しています。村上師の話では、「津村師は二年後に引退する意志がある」「引退は鳴尾教会の役員も承知のことである」「その上でA師を鳴尾教会の後継として招聘したい」「礼拝説教も少なくとも月に一度はA師に任せる。二年目からは月に二度は依頼する」との事でした私達は当然、村上師個人の見解というよりもむしろ一理事の発言として理解しました。我々としては卒業後の任地に特に希望はなく地方教会でも小教会でも構わないという考えでしたので、何故鳴尾なのだろうかと戸惑いましたが、理事の見解がそうであるならと祈りつつ備えました。

(この記述から、AB伝道師の鳴尾教会への赴任前、村上密氏がAB伝道師を呼び出して、鳴尾教会への派遣の際の具体的な「条件提示」を行なっていたことが分かる。

 その条件とは、 
1.津村氏は二年後(2002年)に引退する予定
2.津村氏の引退には教会役員も同意済である
3.津村氏の後継者となる前提での赴任である
4.礼拝説教は月1度行う
5.二年目からは月に2度は行う
 というものであった。

 しかし、ここでなぜ津村氏が自らの口から以上の条件を伝道師に伝えず、村上密氏がまるで津村氏の代理人のようになって、津村氏の同席もない場所で、むろん、鳴尾の信徒も一人もいない密室に等しい場所で、AB伝道師に直接口頭の証拠の残らない形で、これほど重大な話を非公式に持ちかけたのか分からない。こんな記録も曖昧な残らない形で、さらに権限も持たない者が、鳴尾の後継者問題という重大な問題に首を突っ込んだこと自体が極めて異常であり、村上密氏の適正な手続きの欠如を示す深刻重大な事実である。

  村上氏は一体、どんな権限に基づいて、自分がこのように鳴尾教会の人事問題に介入できると判断したのだろうか?

 仮に村上氏が津村氏から何らかの委託を受けてそのような行動に及んだのだとしても、津村氏の同席なく、第三者の立ち合いもなく、役員会のような開かれた場でなく、記録も証拠も残らない形で、このような重大な「条件提示」を一方的に伝道師夫妻に行ったのは、あまりにも適正を欠く非常識な行為であった。

 鳴尾教会の後任者を誰にするかという極めて重大な問題は、津村氏の立ち合いなしに決められて良いことでなく、さらに、鳴尾教会内での役員会を含めた信徒らの話し合いを経てから、決定されるべき事柄であった。鳴尾教会の指導者でなければ、役員でもなく、同教会と直接の関係を持たない村上密氏が、鳴尾信徒をよそにして自らの一存で介入できる立場にはなかったことは明白である。

 教団理事といえども、緊急事態でもないのに、他教会の指導者及び信徒のいない非公式な場所で、他教会の人事について一方的に関与できるような権限は与えられていないはずである。

 これは正当な根拠に基づかずに、鳴尾教会の信徒全体の頭越しに密室で行われた決定であり、そこから見えて来るのは、この当時から、村上密氏が津村氏の義理の息子であるという立場を存分に利用して、自分に公に与えられた権限の範囲を踏み越えて、他教会の内政に暗闇で介入をはかろうとしていた事実である。

  しかも、さらに悪いことに、この時、津村氏の同席なくして村上氏がAB伝道師に行った「条件提示」の内容は、後になってことごとく、事実ではなかったことが判明した。そうなったのは、この時、村上密氏が創作で嘘をついていたせいなのか、それとも、津村氏が村上氏にそのような事実ではない条件を伝えて話し合いを依頼していたためなのか、今となっては不明である。

 いずれにしても、村上密氏は誤った情報をAB伝道師に伝え、それを前提条件に彼らに鳴尾教会への赴任を促したわけであり、これが後に大きな事件を引き起こす原因となったのである。

 にも関わらず、村上氏は自分がAB伝道師に伝えた内容の誤りについては、今日に至るまで何の責任も取っていない。むしろ、村上氏は、初めから、そのようなこじれた事態に発展する可能性があることを見越した上で、後々、自分が矢面に立たされて責任を追及されることがないよう、あえて第三者もおらず、記録も残らない密室で話し合いに及んだのかも知れないという疑惑が生じる。
 
 このように、鳴尾教会内では何の権限も持っていなかった村上密氏が、津村氏の立ち合いもなしに、証人もいなければ、記録も残らない、非公式な閉ざされた話し合いの場で、鳴尾教会の命運を左右するような、極めて重要な決定に関与したことは、恐るべきことであり、あまりにも不透明かつ適正さを欠く事柄であった。

 こうして、正当な権限を持たないのに、他教会の人事に不当に介入を試みる者が、到底、信用に値せず、また、介入の動機も疑われてしかるべきであることは疑いの余地がない。
 一体、村上氏は何を目的にそれを行ったのか、追及されなければならない。


 
 2000年の三月にはAPTSの卒業式があり、日本からは内村師が理事として出席くださいました。その時、我々は復職に当たり、内村師から面接を受けています。その後、しばらくクラス等の関係で帰国が遅れ、四月の半ばに帰国し、4月30日に正式に鳴尾教会の伝道師として赴任しました。

 しばらくして気付いたのは、村上師の認識と津村師や役員会の認識との間に相当のズレがあるという事でした。先ず、津村師が二年後の引退を毛頭考えておられないこと、役員会は何一つ知らされていないこと、津村師は主管を退く意志はあっても、その後も鳴尾教会で奉職したい希望を持っておられること等でした。また、②礼拝説教に関しましても私が2000年度に奉仕させていただいた回数は合計5回でした。因みに2001年度は10月20日現在で10回です。実際、私達は派遣されて二年近くになりますが③未だに教会の経済状態が分かりません。過去の教会資料に関しても④牧師館にしまわれていて全く分からない状態です。

(鳴尾への赴任後、AB伝道師には、村上密氏によって行われた「条件提示」がことごとく事実と異なるものであったことが判明した。具体的な相違点は以下の通り。
 
 1.津村氏は二年後に引退する予定 ⇒ 二年後に引退する予定などなかった
   2.引退は教会役員も同意済である  ⇒ 役員会は引退の予定など知らない
 3.津村氏の後継者となる前提での赴任である
    ⇒引退後も、津村氏は鳴尾で奉仕を続けるつもり。
 4. 礼拝説教は月1度伝道師が行う    ⇒ 年に5回しか説教を担当できなかった
 5.二年目からは月に2度は行う        ⇒ 2年目になっても月1ペース
 
 さらに、教会の経済問題が全く分からない という問題が発生した。

 津村氏はたとえ引退しても、鳴尾を退くつもりはなく、(あるいは名誉牧師のような形で?)鳴尾で奉職し続けるつもりであることが判明したが、これはつまり、津村氏の引退後の世話はすべて伝道師が行わねばならないことや、津村氏は主監を退いた後も、生存している限り、鳴尾教会に上から関与し続け、伝道師が半永久的に津村氏から自由になれない可能性をを意味したが、津村氏はこの点について全くコメントを残しておらず、その可能性を否定していない。)

② 礼拝説教の回数はそのとおりだが、第1祈祷会、第2祈祷会、および、地区集会の説教を多く担当した。早天のお話し、英会話時の聖書のお話等
 
 (②における津村氏の反論は、どれもメインとは言えない行事の説教のことなので、伝道師の主張に対する具体的な反論とはなっていない。要するに、主要な説教は津村氏がほとんど独占し、なかなか伝道師には回そうとしなかった事実が見て取れる。)

 ③ 教会では毎月の会計報告は、役員会で検討・承認している。伝道師両師は毎回役員会に出席しているが、会計については一度も質問したことがない。信徒総会で1年の決算・予算について審議したが、両師は一度も質問したことがない。
 
(③については、確かに毎月の会計報告は役員会で承認されていたが、その会計報告は事務的・形式的なものでしかなかった。津村氏は役員会でも信徒からの意見や質問に十分に耳を傾けずに一方的に話を進めるのが常であったため、役員会での「検討や承認」は十分なものとは言えなかった。
 さらに後になって、津村夫妻のために会計から計上されていた「伝道牧会費」の使途を津村氏は尋ねられたが、その具体的な用途を信徒らにきちんと説明することができなかった。)

④ 過去の教会資料について両師は一度も閲覧希望したことがない。

(④ 牧師館資料については、牧師館に住んでいるのは津村氏夫妻だったので、伝道師らは立ち入るのに遠慮があったろうし、おそらくは津村氏のワンマンぶりがひどかったので、言い出せる状況になかったものと推測される。しかし、そうした事情を考慮に入れて、たとえ伝道師からの閲覧希望がなくとも、本来は当然、津村氏から伝道師に説明して引き継ぐべき事柄だっただろう。)

 
 この時点で我々の立場は何なのだろうかと戸惑いましたが、とにかく理事会に任命された異常、務めを果たそうと努力してまいりました。

 そして、2001年の10月18日、理事会が終わった翌月の朝、突然村上師より電話を頂きました。話があるので午後、訪ねていっていいかとの事でした。我々としては理事会の翌日のことでしたので、人事のことかもしれないと推測しました。

 村上師の話の内容を正確に伝えますと「津村師は2002年に引退なさる意志はなく、少なくとも教会50周年を迎える77歳までは現役でいたい」ということと「AB伝道師を後継者とみなすには疑問を感じる」との事でした。但し、これはあくまでも村上師から伺った話であり、⑤津村師本人からはこの旨を一度も伺ったことはありません

⑤ 両師の正教師任命後、私は来年、主監者になって欲しいという希望を両師に対して個人的に述べた。

(⑤での津村氏の反論はあまりにも言葉足らずだが、言わんとしていることを通訳するならば、次のようになるだろうと思う。

「当初は私も2002年からA伝道者に主監者を譲るつもりでいた。その旨は伝道師にきちんと伝えていた。だから私には引退する意志がなかったというわけではなく、また、引退するとウソをついて騙したわけでもない。ただ、伝道師が後継者にふさわしくないと判断せざるを得ない問題が起きたので、結果として私の引退の話はなくなったのだ」
 
 しかしながら、もし津村氏が本当にAB伝道師を「後継者にふさわしくない」とまで判断したのであれば、なぜそのような重大な決意を、津村氏は(同じ教会に住んで毎日顔を合わせている!)伝道師に直接、誤解のないように伝えなかったのか。

 また、なぜ役員会できちんと発表して、信徒らに理解を求めなかったのか。

 なぜかここでも再び、村上密氏が登場する。村上氏はあたかも自分こそが津村氏の代理人であり、鳴尾の命運を決定できる権限を持っている人間であかのように振る舞い、またもや津村氏の同席なしに、「津村氏の意向」をAB伝道師に伝え、鳴尾人事に正当な資格なく介入するのである。

 こうした村上氏の度重なる密室での介入のために、鳴尾信徒は常に蚊帳の外に置かれ、信徒らには事情も知らされぬままに話し合いが進行して行ったために、そのせいで、事態は余計にこじれ、悪化し、不透明なものとなったのである。伝道師夫妻にも、一体、どこまで村上氏が津村氏の内心を正確に代弁しているのか、それさえ分からないまま、津村氏の本心がどこにあるのか、誰にも確かめようのない状態で、密室で一方的に話が進められたのである。)

  
    村上師は後継として疑問を感じる点に関しては次の二点を理由に挙げておられました。第一にB師の説教がまずいという事。これは少し説明させてください。2001年5月20日の礼拝でB師が始めて礼拝説教を担当しました。テキストはヨブ記1:1-12でした。ここでB師は⑦ヨブ記において、サタンは神の敵ではない、という発言をしました。彼女の未熟な点もあり、後から考えると誤解を招きかねない表現だったのですが、彼女としてはサタンと雖も神の主権の下にあって神の意志を超えては働けない。従って、我々は必要以上にサタンを恐れる必要はない。サタンは神と対等の力を持っているのではないという事を一番強調したかったのです。それはメッセージをちゃんと聞いてくだされば十分伝わる事と思います。

⑦ 説教の中で、B師は続けて「サタンは神のしもべである」と発言した。

(⑦ ここで、村上氏が伝道師に伝えたところによると、津村氏がAB両氏を「鳴尾の後継にふさわしくない」と判断した最も重要な理由の一つが、B氏の説教が「異端的だ」と津村氏が考えているせいであることが判明した。

 「説教がまずい」というのは、話下手だという意味ではない。以下のA氏の指摘からも分かるように、説教内容が「異端的だ」という津村氏サイドからの非難なのである。だが、これがB氏が赴任して初めて鳴尾で説教を行った際の津村氏の指摘であることを考えると、津村氏は一度たりともB氏の説教を温かく応援したり、祝福し、励ましたことがないという事実にも注意が必要である。
 
 そして、もちろん、伝道師の言う通り、説教内容の「異端性」を論じるためには、津村氏のしたように膨大なメッセージの中から一文だけを抜き出すのではなく、全体の文脈を考慮して論じなければ意味がない。さらに、説教内容が本当に異端的かどうかという重要な判断を下すにあたっては、公の討論が必要であり、津村氏一人の主観だけで決められることでもないだろう。

 たとえば、「サタンは神のしもべである」という表現も、場合によっては、「サタンももとを辿れば神のしもべであった」という意味で発せられたかも知れないし、また、「サタンは神の敵でない」という表現も、「サタンでさえ最終的には神の敵になり得ない」という意味で使われたかも知れない。こうしたことは、口頭のメッセージの一部を文字化しただけでは意味が伝わりにくく、前後の文脈を見なければ判断がつかない事柄である。一文だけを取り上げて議論するのがふさわしくないのは明白である。)

 
   ところが、津村師にしてみれば「サタンは神の敵ではない」という言葉だけが強烈だったようで、5月23日の打ち合わせの際にひどいお叱りを受けました。「今まで、私はサタンは神の敵だと信徒に教えてきたのに牧会上、混乱をきたすことを講壇から伝えられては困る。⑧あなたが謝らない限り、二度と説教の奉仕は回らない」と相当感情的になっておられました。

⑧ サタンは神の敵ではないということを、誰から学んだのかを質問したら、B師は「ダビデ先生から学んだ」と答えた。私は「もう一度、ダビデ先生に聞いてください」と言った。特に私が強調したのは、「神学的にではなく、牧会的に牧師と伝道師が相反する教えをするのは矛盾ではないのか」ということである。

(⑧ この反論では、津村氏は実際に伝道師を叱りつけた時に比べ、かなりトーンダウンしており、何とかして神学論争になるのを避けようとしているように見える。
 伝道師夫妻を直接、叱責した際には、津村氏はあたかも間違いなく異端的な発言が行われたかのように憤慨し、謝罪を求め、それがなければ二度と説教は担当させないとまで言ったものの、この反論では、異端の疑いという言葉を津村氏は一切、述べていない。むしろ、「神学的にではなく」とあえて神学論争をするつもりがないことを強調し、ただ自分の説教と異なる主張をされると矛盾が生じて困るから注意をしただけなのだと話をすり替えている。

 当初は、特定の人物に対して大々的に異端の疑惑をかけて騒ぎ立てておきながら、いざ細かい神学論争が必要になると、急に話をすり替えてごまかすという手法は、津村氏がB氏に対して行っただけでなく、後に村上密氏が後に鳴尾教会の牧師夫人山田晃美氏に対して異端の疑惑をかけた際にも用いたことに注意が必要である。

 つまり、このように正当な議論も根拠もないのに一方的に異端疑惑を「ふっかける」ことによって、大変な事態が起きたかのように一方的に騒ぎ立て、ターゲットとする人物に打撃を与え、その印象を貶めようとする手法は、当時から村上+津村サイドの常套手段であったと言えよう。)
 

  
    これに対してB師は「私の説教に関して何か信徒から苦情やつまずいた等の連絡はあったのでしょうか」と伺いました。津村師はそれに対しては「ない」と答えられました。B師にしてみれば、信念を持って御言葉を語ったこともあり、信徒がつまずいてもいないのなら謝る筋合いのことでもないと判断し、「表現には至らない点はあったかもしれませんが、よく説教を聴いてくだされば私の趣旨がご理解いただけると思います」とだけ申し上げてその場では喧嘩別れのようになりました。

(確かに、鳴尾信徒がB氏の説教を聞いて異端の疑惑を持ったり、その内容につまずいたり、苦情が発生したという出来事はなかった。もちろん、B氏が鳴尾教会を去った後も、そのような疑惑が招じたという話は聞いたこともない。B氏に対してこのような問題を提起したのは、後にも先にも津村氏1人しかいないのである。)


 その後、6月20日に再び、打ち合わせがありました。津村師はその席でもヨブ記の件を取り上げ、⑨「まだ謝る気はありませんか」と念を押されましたB師は「何が間違っているのでしょうか」と自分の信じているところを再び説明申し上げたのですが、津村師は前回以上に感情的になられ、暴力の危険を感じるほどでした。もう少しで手が出るのではないかというところでした。私も彼女が誤解されたままでは気の毒と思い、⑩援護射撃に回りました。津村師は「先生までそんなことを言われるのですか。もういいです」と一方的に話を切り上げられました。まるで我々の信じているところが⑪教理的に致命的な間違いで異端でもあるかのようなご様子でした

⑨ 私はB師に「ダビデ先生に聞きましたか」と尋ねた。B師は「ダビデ先生には聞いていない。私は他の本も読んでそう教えられた」と答えた。「5月30日にはダビデ先生に責任があるように発言したのに、他の書物や先生から教わったのであれば、ダビデ先生に謝る必要があるのではないか」と私は言った。私は6月20までにダビデ師に直接この件について電話で尋ねた。ダビデ師は「私はそんなことは教えていない」と答えた。

(⑨ ここでの津村氏の反論では、議論そのものが成立していない。津村氏自身が、B氏は「ダビデ先生を含め、他の本や先生からも教わった」と述べたと理解している。ところが、津村氏はそれをあたかも「ダビデ氏ではない他の本と先生から教わった」という意味であるかのようにすり替え、「ダビデ先生から教わってもいないことを、ダビデ先生から教わったかのように主張したのだから、あなたはダビデ先生に謝らなければならない」と、今度はダビデ氏への謝罪を迫っているのである。

 こうして、謝罪の対象も変わり、話の内容がどんどん変わって行っていることに注意が必要である。津村氏は、当初は「異端的な内容を説教したのだから、あなたはこれを撤回して私に謝罪せねばならない」と言っていたのが、いつの間にか「ダビデ先生が教えていないことを主張したのだから、ダビデ先生に謝罪しなければならない」と話が変わり、「異端の疑惑」もうやむやにされ、ただ「私の説教と矛盾した内容を話されては困るから注意をした」と、叱責の理由も変わっているのである。

 ダビデ氏については、津村氏がどのような形でこの事件をダビデ氏に伝え、何をどう説明し確認したのかも分からない以上、津村氏の反論は具体性がない。ここから感じられるのは、とにかく謝らせたい、何が何でも謝らせたい、というB氏に対する津村氏のおさまらない怒りだけである。

 これがB氏の鳴尾での初めての説教の時になされた叱責であったことを考えても、こうした津村氏の反応は、あまりにも行き過ぎているように思われてならない。最初の説教であることを考慮すれば、もし仮に不慣れさから多少表現に至らない点があったとしても、血相を変えて叱責するほどのことでなく、やんわりと注意すれば済むことだったであろう。思いやりのある主監者であれば、後輩の至らないところも補いながら、温かく成長を見守るくらいの配慮は示していたに違いない。

 にも関わらず、B氏への一言の温かい応援も励ましもないまま、さらに信徒から苦情があったわけでもないのに、血相変えての叱責を津村氏が繰り返し行ったこと、さらにはそれを後に伝道師らの異動の口実にさえしていったことから感じられるのは、説教の内容以前に、津村氏は女性伝道者が説教をすること自体を快く思えず、B氏の説教を会衆の一人として穏やかに謙虚に聞けるような心境自体が全くなかったのではないか、という疑問である。

 しかも、A氏は、津村氏がB氏に対してひどく感情的になり、暴力の危険さえ感じるほどであったと述べているが、津村氏はこの点についても否定していない。津村氏を知っている者として、そういうことは十分にありうると考えられてならないのである。


⑩ A師は「津村師がノーと教えて、私がイエスと教えても良いんじゃありませんか」と言った。

(⑩ 残念ながら、津村氏は議論ができない人であった。議論すること自体が苦手であればこそ、同氏は人から反論されること自体にプライドを傷つけられたように感じ、まして女性から反論されることには、それだけで耐えられなかったのだろうと想像する。
 
 だが、何を言っても議論にならない相手とは、話し合いによって合意を形成すること自体が無理な相談であるから、A氏がしたように、⑩のように返答するしか方法がない。) 

⑪ これはA師の推測である。私は信徒に対して牧会的に矛盾のない話しをすることが必要ではないかと強調した。

 ⑪でも、津村氏は一生懸命に自ら述べた「異端疑惑」を打ち消そうと努力している。神学論争になると困るので、自分は異端だと指摘したのではなく、ただ自分の説教と一致しない内容を話されては困るから注意したのだと後から話をすり替え、細かい議論を避けようとしているように見える。

 もしB氏の説教を異端だと言ってしまえば、当然ながら、神学論争に発展し、そうなると、自分は議論に負けるだろうと予測してのことだと思われる。

 だが、もし津村氏が神学論争によってB氏の異端疑惑を証明できないことを自ら認めるのであれば、B氏が説教で述べた事柄は、何ら聖書に反する虚偽ではないということになり、津村氏の怒りを正当化する理由がなくなってしまう。
 
 もしB氏の説教が異端的でないのであれば、B氏が津村氏の見解に一方的に合わせなければならない理由も存在しない。津村氏の言うように、同じ教会で、牧師と伝道師の説教が食い違うと困るということがあったとしても、だからと言って、どうして津村氏だけが自分の見解に一方的に合わせるよう他人に求めて良いだろうか。逆に津村氏が他人に歩み寄ることもあってはいいのではないだろうか。
 
 しかし、津村氏の主張は一貫して、自分こそが主監者であるから、自分の見解に他人はみな合わせ従うべきであるという考えを出ない。聖書の御言葉を曲げるような妥協ができないのは聖職者として当然であるが、津村氏が述べているのはそういうことではない。異端の疑惑もないのに、自分と異なる見解や表現を他人が使うことが容認できず、ただ相手にだけ一方的に自分に合わせるよう求めるその態度からも、津村氏のワンマンぶりが浮き彫りになっていると言えよう。)

 
   話が長くなりましたが、第一の理由の背景は以上です。

 第二の理由としては「Aが何の報告もしてくれない」というものです。具体的に何の事をおっしゃっておられるのか見当もつきませんが、私としては⑬津村師には大切なことは逐一報告させて頂いているつもりですし、見解の相違があるようです。

   勿論、この二つの理由もあくまでも村上師から聞いたことで、津村師本人からは何一つ伺っておりません。

⑬ 毎月1回、牧師とAB両師との打ちあわせのときに私は「伝道について提案はありませんか」と聞いたら、それについては、いつも「ありません」との答えしか返ってこなかった。

(⑪ ここで、津村氏がAB伝道師が「鳴尾の後継者にふさわしくない」と判断した理由が、「B氏の説教の異端疑惑」に加えて、「A氏による津村氏への報告義務違反」であったことが分かる。といっても、これも村上密氏の言葉を通して伝道師に伝えられた内容なので、どこまでが本当に津村氏の本心であったのかは誰にも分からない。

 ここでA氏が述べているのは、「A氏が津村氏に重要なことを何も報告しておらず、それゆえ、後継者として不適格だと津村氏がみなしていると、村上密氏を通じて知らされた」という事実である。

 ところが、これに対しても、津村氏は話をすり替えて答えている。津村氏は「毎月1回の打ち合わせの時、伝道についての提案が何もされなかった」と、全然別の話を持ち出して反論しているのである。「重要な報告を怠った」ことと、「伝道について提案をしなかった」ことは誰が聞いても全く別の話である。

 このように、両者の言い分が完全にちぐはぐになって議論が成り立っていないことが、果たして、村上密氏が津村氏の内心を偽って伝道師に伝えたせいで起きているのか、それとも津村氏が後から話をすり替えているだけなのか、それははっきりとは分からない。

 だが、以下で伝道師が示しているように、津村氏は伝道師夫妻に対して「朝・昼・晩」の一日三回も予定表を提出せよと要求していたのであった。ブラック企業でも見られないほどの統制ぶりと言えるが、ここまで綿密に部下に報告を出させておきながら、「重要な報告を何もしてくれなかった」とは、笑止千万である。だから、これは津村氏が後から話をすり替えて、自らの言いがかりの不当さをごまかそうと自己弁明しているのだと判断される。

 
 結局、津村氏の反論から分かるのは、津村氏がAB伝道師夫妻を「鳴尾の後継者にふさわしくない」と判断した二つの理由は、両方とも正当性がなく具体的な根拠にも欠けるということである。

 もし百歩譲って、本当にそれが重大な疑惑であったとしても、そうであるならば、なおさらのこと、きちんと公の場での検証が必要であった。疑惑が生じたからと言って、役員会等での検討も経ないうちに、鳴尾の後継者問題を、津村氏だけの一存で決めて良かったという結論にはならない。ましてその一方的な決断を、津村氏の同席なしに、村上密氏が密室で伝道師に伝えて異動を迫るという形式が言語道断なのは言うまでもない。)

 
 村上師は以上の二つの理由を挙げられた後、「今後、先生方はどうなさいますか」と尋ねられました。誤解にならないように申し上げますが、直接、異動届を出せという促しは一度もありませんでした。但し、我々としては異動させたいというニュアンスを感じたのは事実です。私としては「もし、異動を我々が希望するなら津村師の許可を得ないで黙って理事会に提出してもいいのですか」と尋ねました。これに対して村上師は「津村師には私から伝えるから構わない」との事でした。

(村上サイドがここで伝道師に強いた展開には呆れて言葉もない。

  まず、AB伝道師が鳴尾の後継にふさわしくないほどに問題があるかどうかという点については、すでに述べた通り、きちんと教会内の公の場で議論されるべきであった。

 その上で、もし仮に彼らが鳴尾の後任としてどうしてもふさわくないと津村氏が判断したとすれば、その事実は当然ながら、津村氏本人から、直接、伝道師に伝えられるべきであった。

 ところが、その二つともの手続きを経ないまま、今回もまた鳴尾教会とは直接の関わりのない村上密氏がしゃしゃり出て来て、津村氏の同席なしに、津村氏の代理人であるかのように、「津村氏の意向」を伝道師に伝えるのである。

 そもそも教会内人事という極めて重大な問題が、このように閉ざされた非公式の話し合いで決められること自体、すでに述べた通り、極めて異常な事態であると言わざるを得ない。

 それにさらに輪をかけて異常なのは、津村氏以外には誰も知らず、教会内で議論もされず、十分な裏付けも取れていない「疑惑」に飛びついて、村上氏が伝道師夫妻に密室で異動の決断を迫ったことである。
 
 村上氏はその際、あろうことか、「先生方はどうなさいますか」、というあいまいな質問でお茶を濁し、伝道師夫妻に自主的に鳴尾を去るように暗に圧力をかけた。村上密氏が、自身の口からからはっきりと異動届を出せと言わなかったことも、同氏が自らこの事件に関与していることを公には隠して、自分が後から言質を取られたり、責任を負わされずに済むように、この異動をあたかも伝道師夫妻の自主的な決断であるかのように見せかけて、証拠を残さないあいまいな形で介入した事実をよく示している。

 こうした村上氏の言動には、自分に与えられた権限の範囲をはるかに超えて、密室において他教会の人事に介入し、しかも、相手を心理的に追い詰め、脅すことが目的であるかのように一方的に疑惑をふっかけ、追い詰められた相手が、それ以上、不利な立場に立たされたくなければ何をすれば良いか、阿吽の呼吸で自分の願いを相手に読み取らせることで、自分は矢面に立たず、証拠を残さず、暗黙の圧力によって、物事を密室で自分の思う通りに決定していこうとするヤクザまがいの全く信用ならない行動がよく表れている。)
 

 
   また、「もし仮に、異動願いを提出するならどんな理由を挙げればいいのか」と尋ねたところ、村上師は「津村師が77歳まで引退する意志のないこと」「津村師が我々をを後任とはみなしておられないようなので、これ以上鳴尾にいる必然性を感じないこと」を挙げればいいとアドバイスされ、「B師の説教がまずいこと」と「Aが何の報告もしないこと」は伏せたほうがいいと助言されました。

(伝道師の手紙を通して、村上密氏の卑劣な脅しの手法がさらに浮き彫りになる。ここで、村上氏は津村氏の言い分を盾に、伝道師夫妻に取引をもちかけているのである。つまり、もし伝道師夫妻が「四の五の言わずに、黙って鳴尾から手を引き、自主的に異動した形にするならば、そうなった原因は、津村氏に引退する意志がないことにあったとしてあげよう。あなたたちにかけられている「嫌疑」は公にされることはない。あなた方はこの先も何ら鳴尾のことで責任を追及されることはないだろう。どうするかね?」とほのめかし、決断を迫っているのである。

 これは暗黙の脅しである。つまり、もし伝道師夫妻が村上氏の願い通りに異動届を自主的に出さず、鳴尾から手を引かず、津村氏の意向に真っ向から対立して、自らの潔白を主張して反論するようなことがあれば、津村氏が夫妻にかけた事実無根の言いがかりを、あたかも真実であるかのように言いふらし、教団内での伝道師夫妻の立場を悪くしてやるぞと脅していると受け取れる。

 村上氏はこうして、津村氏が伝道師夫妻にかけた「疑惑」を可能な限り利用して、伝道師らを鳴尾から異動させるために「圧力」として用い、もしこの疑惑をかき消したいならば、交換条件としておとなしく自ら異動届を出すようにと伝道師に迫っているのである。(しかもその提案さえ、きちんと言葉にして伝えず、暗にほのめかすだけで、裏付けも取れていない疑惑が異動の真の理由であることを隠して、異動届を書かせようとしているところが、ヤクザ並みの手法である。)

 こうしたことをすべて証人もおらず、議事録も残らない密室で、暗黙のほのめかしによって実行した村上密氏の卑劣さ、不誠実さ、胡散臭さについては、何度、疑問を呈しても十分ということはない。このように常に公正な手続きを経ずに、密室の暗闇で影響力を行使しようとする人物が、到底、信頼に値する人物でないことは誰の目にも明白である。)


 三時間ほど話したでしょうか。私は人事の手続きに明るくありませんし、どうも筋の上で釈然としないものを感じましたので19日に〇〇の父に相談しました。「それは内川先生に連絡したほうがいい」との事でしたので、電話させていただいた次第です。

(むろん、以上のようないきさつは、伝道師のみならず、誰が聞いても「釈然としない」話である。いかに人事に明るくない人物であろうと、村上密氏によるこのような話の運び方には、ただ胡散臭さしか感じられないのが当然である。

 この時、AB伝道師は自分たちが村上氏に脅されており、根拠もない「疑惑」を盾に、交換条件として異動を迫られているとまでは気づいていなかったかも知れない。だが、彼らも、津村氏と村上氏の暗黙の圧力によって、自分たちが不当に追い詰められていることに危機感を覚えたからこそ、教団内に事態を食い止めることのできる人物がいないかと助けを求めたのである。)


  もし、村上師が津村師の本音を我々に隠しておられたなら、事態はここまでこじれなかったのかもしれません。しかし、間接的にではあれ、津村師の気持ちを聞かされた以上、今までどおりの気持ちで奉仕するのは困難です。津村師と毎日顔を合わせるわけですから、当然しこりが残ります。

(このように、本来そのような権限を持っていなかったにも関わらず、村上氏が津村氏と伝道師との間に割って入り、両者の直接の対話を妨げたことによって、両者の間に決定的なくさびが打ち込まれ、
余計に対話が成立しない状況が作られてしまったのである。。それだけでなく、伝道者の心中で、もはや鳴尾で奉仕したいという気持ちさえも完全に失われて、彼らが自主的に鳴尾を去る方に気持ちが傾くように仕向けられたのである。

 このように、異なる利害を持つ人々の間に巧みに割って入り、あたかも両者の言い分を仲裁するかのように見せかけて、不信感と対立を煽って信頼関係を損い、両者を分裂させて意思疎通を決定的に不可能にすることにより、自分が両サイドに対して優越的な支配権を握れるようにして、人間関係を思うがままに操作・支配しようとする分断のテクニックは、村上密氏の常套手段である。

 後にネット上で村上氏の支持者によって行われた信徒やカルト被害者に向けた分裂工作もそうであるが、村上密氏は常にこうしたやり方で、証拠の残らない密室で、信者同士の対立を巧みに煽っては、団結を阻止し、リーダーを追放したりして組織を弱体化させ、その結果、寄る辺のなくなった信者や教会を自らの教会に併合したりしながら、自分の利益を得て来たのである。

 このように暗闇で信者に分裂工作をしかける方法は、村上密氏が不都合な人物を失脚させる際に絶えず利用して来た手法であり、後に同氏が鳴尾教会に恫喝裁判をしかけた際にも、鳴尾信徒らの意志決定を分裂させるために積極的に利用された。村上氏は山田牧師の頭越しに鳴尾信徒らに接近し、牧師への不満を煽っては、教会が教団を離脱するという決定を下せないように(あるいは撤回するように)彼らを手先として利用し、離脱を妨害させようと仕向けたのである。

 推測するに、村上氏はAB伝道師に対して、決定的な形で津村氏への不信感を吹き込んだのと同様に、津村氏に対しても、伝道師夫妻への悪印象が残るように話を伝えて、両者の関係を回復不可能なまでに損なったのだと思われる。)


 我々は教団の任命によって鳴尾教会に派遣されたわけですから、今後の展開につきましても理事会のご判断にお任せいたします。但し、津村師の本音を聞かされた以上、鳴尾教会に留まりつづけることは正直言って気が重いのも事実です。この辺りのことをご配慮頂いて適切な判断をしてくださいますように宜しくお願いします。

(このように、村上密氏による信頼できない暗闇での卑劣な介入・分裂・分断工作によって、AB伝道師夫妻は、鳴尾で奉職したいという願いを失ってしまった。津村氏からの「言いがかり」に毅然と立ち向かい、同氏及び村上氏と公然と闘って、いわれなき嫌疑を晴らした上で、鳴尾の後任者としてとどまるよりも、ことを穏便におさめて自ら異動届を出し、鳴尾の地を去った方が良いと思い込まされてしまったのである。

 津村氏の身内である立場を利用して、このような圧力を、暗闇の密室で、徹頭徹尾、鳴尾信徒を蚊帳の外に置いて、伝道師に対してかけ続けた村上密氏の手法が、どれほど陰険かつ不誠実かつ信用ならないものであり、それが村上密氏による鳴尾教会内人事へのどれほど不当な介入であったかは今更言うまでもない。だが、そのことを十分に理解した上でも、なお、次に示すように、当時、AB伝道師が津村氏の下で置かれていたひどい生活状況を考えるならば、彼らが津村氏と村上氏の「魔の手」を逃れるために、鳴尾を早々に去ったことは、彼ら自身にとっては良策であったかも知れないと思う。

 こうして弱い者を脅しつけて黙らせておきさえすれば、事は丸く収まると津村+村上サイドは考えていたのであろう。後継者を追放しさえすれば、津村氏は好きなだけ鳴尾にとどまって説教を続けられると。信徒は黙って教団の言うことを聞き、献金だけ払っておけばいいのだと。

 しかし、事態はそこまで単純ではなかった。それは鳴尾信徒らが彼らが予想していたほど愚かではなく、約四十年間の牧会期間を通して、津村氏の本性を鋭く見抜いていたためでもあった。

 もはや随分前から、鳴尾は津村氏を必要としていなかったのである。津村氏の牧会のワンマン運営ぶりも、鳴尾信徒にとっては重い負担となっていた。自分は少しも後ろに退かず、信徒との十分な対話の場も設けずに、教会の若返りなど、全ての課題を一方的に信徒だけに押しつけて、信徒の重荷を理解し軽減しようとしない津村氏の冷淡な態度に、鳴尾信徒らはどうしようもないやるせなさを感じていたのである。

 だが、それでも、同氏が後継者を快く育てようとしてさえいれば、結果は違ったかも知れない。突然、期待していた伝道師を訳の分からない理由で失うことを知らされた時、鳴尾信徒は、この事件の背後に大きな暗闇があることに気づいた。そして、疑惑の矛先は伝道師ではなくむしろ津村氏に向かったのである。

 繰り返すが、そうなったのは、伝道師が書簡で訴えた理不尽な状況に、鳴尾信徒の同情票が集まったからではない。もし約四十年間の牧会生活の間に、津村氏が鳴尾信徒の本心からの信頼を得ていたならば、後から来た若い伝道師が何かを主張した程度のことでは、牧師と信徒の信頼関係は揺るがなかったろう。

 だが、そうなるまでに、鳴尾信徒の多くは、津村氏の人柄をかなり正確に理解していた。だからこそ、真実は決して教団サイドにはなく、津村氏+村上氏サイドにはないということに、当初から多くの人々が気づいていたのである。)


 今回の騒ぎに関する今までの経緯は以上ですが、派遣されて1年半ほど我々が経験して来たことを思いつくままに挙げますので何かの参考になさって下さい。

 先ず、生活環境に関してですが一番驚いたのは風呂がないという事でした。一年目は教会員に銭湯を経営しておられる方がおられましたので、その方の好意により、無料で入らせていただいておりました。ところが、昨年末にこの銭湯は廃業になり、我々は急遽、他の銭湯に行くことになりました。教会員のところではありませんので、⑭勿論自腹です。毎日ということになると正直、経済的に苦しいですので週に二三回になります。しかし冬場などはそれでいいのですが、夏場はそういうわけにはいきません。毎日入らないと大変ですので経済的には大変です。夫婦二人ですからそれでも我慢します。⑮しかし、子供が与えられたらどうすればいいのでしょうか。新生児を連れて銭湯に行くのは困難と思われます。

 勿論、伝道者ですから経済的な戦いも覚悟の上ですし、「あらゆる境遇に処する秘訣」も訓練される必要もあるのは分かります。今の伝道者は苦労が足りないと言われればその通りかもしれません。ただ、せめてお風呂くらいは自由に入りたいと願うのは贅沢でしょうか。

⑭ 私は「教会牧師館の風呂を使いませんか」と進めると、B師は「銭湯に行きます」と答えた。教会員の銭湯はその年の1月4日頃閉めた。A師への教会からの総収入を上げた。(月15万円から18万円に)

 
  (津村氏のこの反論には呆れて答える言葉を失う。これは津村氏の内心の冷淡さ、薄情さ、思いやりのなさ、想像力の欠如が極めてよく理解できる文章である。

 まず、牧師館の風呂を使うという問題は、極めてデリケートな問題であることに津村氏は想像も及んでいない。

 当時、牧師館には津村夫妻が住んでおり、伝道師は同じ教会の離れ(臨時の来客の宿泊のためのような狭い別室)を使っていた。牧師館に立ち入ること自体、伝道師夫妻にとっては津村夫婦の生活圏内に足を踏み入れることを意味し、それだけで気が重かったろう。さらに身内でもない他人同士が風呂を共有するということになると、どれほどの気兼ねがあるか分からない。

 また、不況とはいえ、今よりも給与水準はいくらか高かった当時のことであり、鳴尾教会は開拓伝道所ではなく、それなりに安定した規模の大きい教会だった。そこから考えても、伝道師の薄給には驚かされる。(B氏にA氏とは別の給与が支給されていたという事はないと考えられる。そこでこれは二人分の給与であろう。)いくら津村氏が伝道師の総収入を上げたと反論したところで、このような収入の中から日々の銭湯代を捻出するのは並大抵のことではないと誰にでも分かる。

⑮ まだ、この時点で子どもが与えられていないのに、想像で物を言うのは困る。もちろん役員会はそれなりに処遇していくことを考える。
 
  (ここでも、津村氏の冷淡な発言には驚かざるを得ない。「子供が与えられたらどうすればいいのでしょうか」という伝道師の言葉は、若い夫婦が子供を持ちたいと願うのは当然であるが、風呂もなく、夫婦二人でさえ狭い部屋で毎日をやり過ごすのがやっとの先の見えない暮らしの中では、その夢さえ躊躇せざるを得ないという苦しい心境を記したものである。
 二人は津村氏より若かったとはいえ、もし子供を持つとなれば、人生設計を急がねばならない年齢にあった。さらに、以下に示されている通り、B氏の妊娠という出来事もあり、子供の誕生は「想像」ではなく、極めて現実的な可能性だった。

 そのような伝道師夫妻の心境や立場を一切理解せず、子供の誕生のために準備したいという彼らの夢をただ「想像で物を言われても困る」と一蹴することしかできなかった津村氏の内心の冷淡さには、呆れるよりも、絶句するしかない。同氏がいかに伝道師夫妻の家庭が祝福されることを願っておらず、二人を人間として扱わず、単なる労働力のようにしかみなしていなかったかがこの言葉によく表れている。)
 

 それから、私達が入った時、部屋のクーラーは完全に壊れていて使えない状態でした。建物の構造上の問題と西陽が差し込む関係で夏場は蒸し風呂のようになります。しかし、津村師は「先生方は〇〇(海外)におられたのだから、暑さは気にならないでしょう」ということで何の改善もされないままでした。誤解のないように付け加えますとこれは⑰昨年の話で今年クーラーは新しいものに交換されています

⑰ これは信者から「A先生はクーラーを修理してもらうんだと言っていた」と言うことを私が聞いたので、A師に尋ねた。「あのクーラーは駄目なんですか」A師が「はい」と言ったので私は会計に相談して、すぐに新しいクーラーに取り替えました。

(生活状況について伝道師はもともと牧師に不満を言いにくい立場にあるが、おそらく、それ以前の問題として、この時までに津村氏と伝道師との間では、日常のコミュニケーションさえ満足に取れない状態となり、伝道師は高額なクーラーの修理代のことなど津村氏にはとてもではないが言い出せない心境にあったのだろうと想像される。鳴尾の信徒は津村氏の性格をよく知っていたため、信徒の方で津村氏の配慮のなさを補おうと、橋渡し役となって伝道師の必要を探り出し、津村氏に伝えたのかも知れない。こうして信徒を介さなければコミュニケーションも取れないほどに、両者の間に溝が出来ていたことをよく物語るような出来事である。津村氏のワンマンで他人に理解のない冷淡な性格を考えると、このコミュニケーションの失敗を一方的に伝道師夫妻の側だけの責任として片づけるのは相当に無理があろう。)


 もう一つ、気になるのが郵便物のことです。私達の専用のポストはありません。従って、教会に来るすべての郵便物は津村師がとることになります。それは構わないのですが、よく私達に来たものも間違って持っていかれることがあります。時には封を開けられてしまうことも頻繁です勿論、悪気はないのは分かりますし、わざとではないことですから仕方のないことなのですが、それでもいい気はしません。プライベートな手紙もありますし。一度我々の玄関にポストをつけてもいいだろうかとご相談しましたが、断られました。理由は分かりません。

⑱ 私は2~3回開封してからA師の物であることに気づき、返すときに謝った。

(これも津村氏サイドからの相当に配慮を欠く対応である。他人宛ての郵便物を誤って開封すれば、謝るのは当然である。もし、故意に開封したならば、犯罪になりうる。津村氏が誤って伝道師宛ての郵便物を開封してしまったと気づいたのに、ポストを別々に分けておかなかったことや、伝道師からその提案がなされたのに断ったという出来事を通しても感じられるのは、津村氏が伝道師夫妻をまるで自分の私物か、親の監督下にいなければならない子供か、小間使いのようにみなしており、大人としての二人のプライバシーを確保する必要性を全く感じていなかったということである。)


 結局のところ、これらの一番の問題は、教会の建物の中に二世帯が住んでいるということです。普通でも親子で同じ家に住むのは大変なことで問題が生じますが、他人と一緒に住むことはもっと大変なことと思われます。設備がそれなりに整っているならいざ知らず、⑲単に経済的にもったいないという理由のみで住まわせられているのが実情です

⑲ AB両師が赴任したとき、私は「少し狭くて悪いね」と言ったら、「私たちは学校の寮に住んでいたので大丈夫です」と答えた。私はそれを聞いて安心していた。ところが実はそうではなかったのがこの文章で分かった。

(津村氏のこの反論は、赴任直後の伝道師の発言を言い訳にしているに過ぎない。その後の二人の生活状況を一度でもきちんと自分の目で確認していれば、そのようなことが言えたかは分からない。津村氏は部屋の狭さを予め知っていたのだから、それを伝道師にただ耐え忍ぶよう要求するのでなく、状態改善の努力をすべきだった。ちなみに、この手紙では、風呂とクーラーのことしか触れられていないが、設備の不備はそんな程度にはとどまらなかったと思われる。十分な料理のできる台所や食事場所の欠如を考えれば、二人の生活の苦労は並大抵ではなかっただろうと想像される。)

 あと働きの面で気になることも幾つかあります。さきにも書きましたが、月に一二度打ち合わせのときがあります。津村師はその際、我々に「毎日の予定を朝・昼・晩書いて提出しろ」と言われます。私達もおっしゃられる通りに提出してきましたしかし、こちらの予定や、都合も考慮には入れてくれることもなく、途中で急な仕事が入ることがしばしばで予定表の提出は余り意味がありません勿論、予定は未定ですし、臨機応変に動くのも当然ですから急な用事に当たるのは構いません。しかし、あまりにも朝令暮改な事が多く正直振り回されます。これでは予定表をわざわざ提出する意味があるのでしょうか。一生懸命、集会の為にメッセージを用意していたら、㉑当日になって何の予告もなく急に津村師が奉仕されることもありました

⑳ A師に何か頼むときに、先生のスケジュールを知っていないと困るので書いてもらっていた。何かを頼むときは「A先生、都合はいいでしょうか」と尋ねて奉仕を依頼した。

(津村師はこの反論でも話をすり替えて答えている。ここでは津村氏の仕事の依頼の仕方の表現が問題になっているのではなく、同氏による伝道師への過剰なスケジュール管理と、朝令暮改なスケジュール変更が問題にされているのである。朝・昼・晩と日に三度も予定表を提出させることが自体が、ブラック企業やカルト団体を思わせる行き過ぎた管理統制であり、人の自由を過度に縛り、拘束しようとする行為だと言われても仕方がない。

 しかも、そのようにまで相手の行動の予定を綿密に報告させ、把握しておきながら、相手の予定に十分に配慮せず、一方的な変更を迫ることを繰り返すわけだから、予定表の提出の要求自体が嫌がらせと受け取られたとしても不思議ではない。)


㉑ 私は自分の奉仕だと思い込んでいたが、A師の当番であったのを忘れてメッセージをしてしまった。申し訳なかった。後で謝った。

(ここでも津村氏の反論は的を外れている。伝道師には日に3度も予定表を提出させておきながら、自分は説教の担当という最も基本的な予定の確認作業さえ十分でなかったのである。まずはその不公平をかえりみて恥じるべきであり、謝罪するしないの問題ではない。)

  また、休みに関してですが、一応打ち合わせでは月曜が基本的には休みということでした。しかし、月曜日は教区会は勿論のこと、地域の超教派の会議やイベントなどで休めないことが多いのです。月に一度、休めればいいほうで実際は㉒休みが全くない月のほうが多いくらいです。正直、疲れとストレスがたまり限界の状態です。何とか改善できないものでしょうか。

㉒ 月曜日が4週とも仕事になったのはそう多くはない。

(この津村氏の反論にも呆れるばかりである。まるで休みが取れないのは当然であり、休日を全部返上させたわけでもないのに、大げさに騒ぎすぎだ、とでも言いたげである。
 
 津村氏には、返上させた休日の代わりに代休を取らせるという考えすらもなかったのだろうか。月に1日程度の休日さえままならないとなれば、もはや過労死の危険さえある。この状況を異常と考えなかった津村氏には絶句する他ない。

 日に3度の予定表の提出と言い、週休1日さえ成り立っていない点と言い、ブラック企業顔負けの統制ぶり、酷使の実態が浮かび上がる。カルト団体とのそしりを受けても弁明はできないであろう。)


 説教に関しましても、文句がつけられるのはB師だけではありません。㉓私の説教も打ち合わせのたびに何回か批判されています勿論、ベテランの津村師からすれば私の説教に至らない点があるのは当然でしょうし、分校で「説教学」を教えられている程の先生ですので未熟な点は認めますし、ご批判は甘んじて受けます。しかし、こうすればもっとよくなるなどの具体的アドバイスがあるならともかくただの批判だけなら気が重くなるのも事実です。月に一度でも私に講壇を譲るのもかなりの抵抗がおありなのでしょうか。私の説教の後はいつもお機嫌が悪いのはこちらも分かります。

㉓ 私の記憶では1~2回指摘したことがある。

(これも津村氏がいかに伝道師夫妻を同労者として、また自分の後継として尊重していなかったかがよく分かる出来事である。同氏はB氏の説教の際には初回から「異端疑惑」を持ち出して厳しく叱責し、A氏の説教にも上から目線でケチをつけるばかりで、二人の説教に温かい励ましや、率直で謙虚な応援の感想を送ることが一度もなかったのである。
 
 それどころか、津村氏は、まるでA伝道師が説教することによって、自分が出番を奪われ、存在を脅かされるかのように、苛立ちと焦燥感を募らせていたのである。男性の伝道者に対してすらこうした反応しか示せないのだから、まして女性伝道師の説教を謙虚に聞くことが津村氏にはどれほど困難であったかは想像に余りある。

 津村氏には、自分が講壇に立って上から会衆を教えたいという欲求はあっても、自分も会衆や信徒の一人として、同僚の説教に謙虚に耳を傾け、そこから何かを学ぶべきという考えは全くなかったのだろう。そもそも同氏には、自分が人を教えることはあっても、自分が謙って人から何かを教わるなど考えられないことであり、人に教えられること自体、我慢がならなかったのだろうと思う。

 まるで初代教会時代の律法学者やパリサイ人を思わせる高慢である。このような人には、「なぜ、人を教えて自分を教えないのか。」(ローマ2:21)というパウロの言葉が最もふさわしい忠告であろう。)


 今から申し上げることは理事会がどこまで把握しておられるのか分からないことなのですが、㉔今年の教会総会において急に教会主導で大阪市内の阪神沿線に開拓伝道を始めたいという話が出てきました。全くの寝耳に水で私たちにも役員にも聞かされていないことでした。そこには老夫婦と一姉妹の家族が住んでいるのですがまだまだ群れが形成できるような状態ではありません。一度は物件が見つからないのと、信徒の理解不足?ということで開拓も諦められたようでした。ところが最近、またも開拓のために物件を探しておられるようなのです。㉕私達としては何故、この時期に開拓なのかと理解しがたいところです。勿論、開拓の働きは大いに奨励されるべきですし、信仰的ともいえます。ただ何故、この時期なのかと言う点で疑問が残るのです。現在、鳴尾教会にそこまでの財政的裏づけがあるとも思えません。津村師への退職金、新しく会堂建築するための財源の確保等を考えると余りにも時期尚早な感じがします。もし、㉗津村師夫妻が開拓伝道という名目で引退後の住居を教会の財源から捻出しようとしておられるならばこれは明らかに教会会計の私物化と批判されても仕方のないところです。私達の取り越し苦労ならよいのですが。〇〇教会の前例もありますし、気になります。もし津村師が役員会の反対を無視して開拓に乗り出そうとした場合、教会秩序上、我々はどうすればいいのでしょうか?

㉔開拓伝道については、まず役員会で提案して決めた。役員記録に残っているので、A師の指摘は間違っている。

(ここでの津村氏の反論は事実としては正しいかも知れないが、その役員会さえも形骸化していたことを考えると、開拓伝道の話は十分に議論されて決まったとは言えない。津村氏はたとえ役員相手であっても、物事を十分に説明して、同意を得てから事を進めるということがなかったため、いつものように十分な議論がないまま、津村氏の鶴の一声だけで話が進んでいった可能性が十分にある。)


㉕ 千舟の家庭集会の責任を持っている姉妹かが、「千舟に教会がないので教会が欲しい」と言うので、私は建物などについて検討した。ある時、A師に開拓伝道のことを尋ねたら、「私は出来ません」と断った。私は同労者(A師)が反対するので開拓伝道推進が消極的になった。

(ここでは、津村氏が自ら提案した開拓伝道の実行を伝道者任せにしようとしていた姿勢が浮き彫りになる。もし信念を持って提案したことならば、津村氏には伝道師に反対されても一人で実行するほどの決意があってもおかしくなかった。ところが、伝道師が賛成しないと早々に諦めてしまうところを見ても、この提案は、どちらかと言えば、津村氏が信徒の要望に流されて行っただけのものであり、信念の裏付けを持って発せられたのでないことが分かる。)

㉖ 何の財政的根拠を持ってこの発言をするのか示して欲しい。私は財政的根拠があって考えていた。

(この津村氏の反論から推測されるのは、千舟に教会が建てられるなら、建設資金を提供しても良いなどの提案が信徒の側から行われたかも知れない等のことである。

 だが、仮にそのような話があったとしても、財源の問題は極めて重大であるから、津村氏は自分が把握している「財政的根拠」とは一体、何なのか、具体的な詳細を伝道師によく伝えて、予め教会内できちんと議論すべきだったろう。

 しかし、いつものごとく、津村氏はこうした具体的な詳細を自分の方からは何も明かそうとしないまま、周囲の人々が不安や憶測の中で行動するしかない状況を作り出し、そうしておきながら、人々が憶測でものを言っているだけだと非難するのである。)

㉗ 何の根拠があってA師はこういう事を言うのか判断に苦しむ。

(ここでの伝道師の発言も、津村氏の無責任であいまいな言動が引き金となって起きている。津村氏自身が自分の引退について何ら明確な発言をしないために、津村氏の引退後の住居等の確保の方法について、教会内で公にきちんと話し合うことがはばかられる状況(そもそも津村師の引退について話し合うこと自体がタブーであるような教会の雰囲気)が作られ、この問題については誰もが憶測でしかものを言えない状態となっていた。

 ちなみに、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団では、ひと昔前、牧師たちは教会に定住せず、一定期間が過ぎると、別の教会へ移動しなければならない決まりになっていたという。そこで、一つの教会にずっと同じ牧師家族が住み続けて、教会が牧師の「終の棲家」になることはなかった。さらに、その当時は教会の規模もそう大きくはなかったので、牧師が信徒からの献金だけに依存して暮らすのは困難で、副業によって生計を成り立たせる例は珍しくなかった。

 ところが、同教団ではそのような制度がいつの頃からかなし崩しになり、牧師たちは教会から移動することを拒むようになり、さらには教会が一定の規模に達すると、牧師家族全員の生活費が、教会会計から捻出されるのが当然の習慣となった。その頃から、教会はあたかも主任牧師の私物や財産のようにみなされるようになって行ったのである。

 だから、「教会会計の私物化」という問題は、津村氏に限ったことではなかったのだが、まだこの当時は、そのようなことを恥ずべき習慣とみなして忌避する空気も少しは教団内に残っていたと見える。

 こうして、教会が牧師のための「終の棲家」とみなされるようになり、牧師の引退後も、教会が一生支えなければならないという暗黙の慣習の圧力に加え、津村氏自身がどのような引退後の生活プランを思い描いているのか、自分からは何も明かさないため、誰にも分からないという不透明さから、開拓伝道という名目で新たな教会を作ることは、津村氏の引退後の生活の確保の一環なのではないかという憶測が生まれるのは無理もなかった。新しい教会が生まれることは、その教会にはどの牧師が住むのかという問題と直結していた。

 実際、鳴尾教会にはスペースの問題だけを取っても、いつまでも牧師と伝道師の二世帯がそこに住み続けるのは無理であることは明白であった。そこで、伝道師には、突然、降って湧いたような開拓伝道の提案は、「開拓伝道を成功させて私たちの引退後の住居を確保してくれれば、鳴尾教会はあなたたちに譲って私たちは移動してもいい」という津村氏からの暗黙の提案のようにも受け取られたのだろう。

 だが、そうなると、問題になるのは、新たな教会にはただ会堂(土地と建物)だけでなく、牧師家族の生計を支えるための財源が必要だということである。十分な信徒数が確保されていない開拓伝道からの出発だと、その財源を捻出できるとは言い難い。

そうすると、津村氏への退職金に加え、同氏の引退後の生計を支えられる財源は、鳴尾教会の会計しかない。伝道師はそのように教会にとって半永久的に重い負担となりかねない不確かな提案を実行に移すわけには行かないと判断したのである。)

㉘ 私は役員会の反対を押しきって進めたことは一度もない。そんな事が出来ると思っているのか。私は退職金のことを一度も役員会に相談したことがない。こんな事実でないことを想像して牧師を批判するとは、伝道師のすることだろうか。大きな問題である。

(ここでの津村氏の反論も当たらない。何度も述べて来たように、津村氏の圧倒的な説明不足がいつも原因となって、周囲はその説明のなさを「想像」で補いながら行動するしかない状況に追い込まれたのである。役員会は、津村氏のワンマンぶりに引きずられて、ものが言えず、機能不全に陥っていた。そもそも津村氏が全く議論のできない人だったので、同氏とは誰も複雑な要件についてきちんと話をすることができず、十分に物事を審議するための土台そのものが存在していなかった。

「退職金のことを一度も役員会に相談したことがない」と津村氏は反論しているが、それこそが、極めて深刻な問題なのである。牧師が自分の退職金や、引退後の生活プランについて、自分は何を望んでいるのか、何ら意見表明もせず、教会全体にとって極めて重要なこの問題に何の明確な指針も示さないからこそ、信徒の側は常に不安な状態に置かれ、憶測でしか行動できなくなっているのだということに津村氏は考えが全く至っていない。

 役員の方では、このようなデリケートな問題を自分から提起して牧師に返答を迫るわけにはいかず、さりとて四十年近く牧会した牧者に退職金を払えず引退後の住居の世話もできないと断るわけにも行かず、退職金の問題を持ち出すこと自体が、あたかも牧師に引退を迫っているかのような印象も与えかねないという恐れもあり、何よりも、津村氏自身は一体何を願っているのか全く分からない中、何を解決として持ち出すべきかも分からず、ただこの問題を心の重荷として抱え続けていたのである。

 つまり、牧師が自ら引退と退職金について全く口にしないことが、逆に、彼の意を忖度して行動せよという暗黙の要求のように周囲には映っていたが、その暗黙の要求とは具体的に何を意味するのかを完全に察知して応えうる人間は誰もいなかったので、この問題は、教会全体の重荷となっていたのである。)


もう既にお聞き及びのことと思いますが、B師は昨年、流産しました。結婚六年目にして諦めていた頃に初めて与えられた赤ちゃんでした。全ては神様の御手の中にあることですが、〇〇歳を目前にした女性としてはかなりショックだったようです。それが環境からくるストレスによるものかどうか、その因果関係は分かりません。最近になって立ち直りつつありますが、退院してすぐ医師から「少なくとも一カ月は安静にしているように」というお達しを頂いているにもかかわらず、㉙津村師は退院したその日に「B先生はいつから働けますか」と本人に尋ねられるような環境では落ち着いて静養もできません。㉚静養中も因みにクーラーのない蒸し風呂の中でした。

㉙ 私は「先生、奉仕が出来るようになったら教えてね」と尋ねたのである。主管者としては当然である。

(津村氏のこの冷淡極まる反論について多くの言葉は必要ないだろう。そもそも狭い部屋で、風呂もクーラーもない蒸し風呂のような暮らし、さらに月に1日の休みさえ満足に取れない過酷な労働条件、説教を担当してもひどく叱責され、日々の行動も厳しく管理され、自由もなく温かい励ましもない生活が、妊婦にとってどれほどの負担であったかは指摘するまでもない。

 さらに子供を失った直後の女性を目の前にしても、慰めと励ましの言葉を述べるより前に、「奉仕について尋ねるのは、主監者として当然である」と答える津村氏の態度には、彼の冷淡で無感覚で無慈悲な人柄がよく表れている。同氏には自分が指導者である以前に、人として他人に接している自覚がまるでない。人間的な血の通った温かい感受性が麻痺しているのみならず、普段から、B氏に対しては憎しみにも近い感情を抱いていたのではないかと推測される。

 私の記憶では、津村夫妻も子供を失った経験があり、その体験を礼拝説教で語っていたこともあったように思う。もしそうであれば、本来は、同じ苦しみを経験した者として、他人の痛みに対する同情や、温かい励ましの言葉を豊かに持っていたとしても不思議ではない。

 
 もし津村氏が普段から人としての思いやりに満ちた態度を取っていれば、B氏の退院後、同氏が奉仕について投げかけた質問が、心無い仕打ちと受け止められることもなかったであろう。

 だが、津村氏は自らの冷淡さを指摘されても自己正当化に終始するだけで、相手の痛みに気づいてやれなかった自分の心無さを悔やむ気持ちは皆無である。
 
 そんな同氏が、B師の流産をきっかけに、自ら伝道師夫妻に強いた過酷な生活、伝道師に与えた過度なストレスなどに思いを馳せて反省するはずがないことは火を見るよりも明らかであった。

 津村氏は伝道師夫妻を人として扱わず、単なる労働力、下働きとしかみなしていなかった。彼らの人間としての幸福のことなど、どうでも良かったのである。)

㉚ なぜ、クーラーが故障していることを牧師に言わなかったのか。これは被害者意識の強い文章ではないか。

(ここでも、津村氏は、伝道師とうまくコミュニケーションが取れなかった責任を伝道師だけに押しつけている。だが、たとえ伝道師が自ら言い出さなかったとしても、もし一度でも、津村夫妻が、静養中のB氏を見舞うために彼らの居室を訪問していたならば、クーラーの故障に気づかなかったはずがない。つまり、津村師夫妻は、同じ教会に住んでいながら、AB氏の生活の場を一度も訪れたことがなかったと見られる。これも津村氏夫妻の他人への極度の冷淡さ•無関心さをよく表す事実であると言えよう。

 にも関わらず、「被害者意識の強い文章だ」という津村氏の弁明には呆れて笑ってしまう。しかも、これはプロテスタントのキリスト教界の牧師たちの不祥事を告発し、教会のカルト化を憂い、被害者となった信徒らを「救済する」という名目で、「カルト被害者救済活動」を繰り広げている村上密氏の義理の父の言葉なのである。

 これが、カルト被害者を救済すると言っている人たちにふさわしい言葉なのか、考えてみるべきであろう。他の牧師たちの悪事だけは厳しく告発しておきながら、いざ自分たちの冷淡さが咎められる段階になると、たちまちそれを他人の被害妄想だと言い訳して、無責任に逃げを決め込むつもりだろうか。そんな彼らがどうやって被害者を理解し、助け、「カルト被害者救済活動」など行えるのだろう。他人の被害者意識を否定しながら、信徒の被害者意識を利用して自らの儲けの手段とするなどナンセンスである。そんな活動はさっさとやめればいいことである。)


  私も昨年の赴任してすぐの五月以来、痛風にかかっています。今でも時々足の指に激痛が走ります。医者の話ではアルコールを飲まない人が痛風にかかるケースで、しかも若い人の場合は十中八九、ストレスが原因だろうとの診断でした。しかし、㉛津村師は事ある度に「病気にかかるのは健康管理がなっていないせいだ」とか「不信仰だ」とか申されます

㉛ 私は「健康管理は自分でしないといけないですよ」と強調したのである。「不信仰」などと言った覚えはない。信徒に対してもそういった事は一度もない。

(津村氏が「病は不信仰の産物だ」とする考えを持っていたかどうかまでは記憶にないが、少なくとも、はっきり言えることは、週に1日の休みさえ十分に取れない過酷な労働条件を押しつけておきながら、「健康管理は自分でしないといけないですよ」などと言って、健康状態の悪化をただ労働者側の自己責任にして終わらせようとするのは、カルト団体やブラック企業の屁理屈だということである。

 若い人が痛風などという病気になった時点で、労働・生活環境から来るストレスを津村氏は疑うべきであったが、そうなってもまだ環境の改善について全く思いを馳せなかったことは、同氏の呆れ果てるほどの冷淡さ・残酷で無慈悲な性格をよく表している。)


   私達二人の共通の感想としては長年、伝道牧会で苦労しておられる方であるはずなのに何と温かみがなく、人の痛みの分からない先生なのだろうかと嘆かわしく思います。

(全く同感である。長年、津村氏を知っている者であっても、反論の言葉がない。ちなみに、このことは、津村氏の娘であり村上夫人・牧師でもある恵子氏にも同様にあてはまる。津村夫妻は、人として様々な痛みを経験して来ているはずなのに、驚くほど思いやりや、感受性や、愛情に欠け、他人の痛み苦しみに対する基本的な共感能力、自分とは異なる立場に置かれている人々の心中や境遇を思いやって理解し配慮する想像力が決定的に欠けているのである。

 その結果として、彼らには何かしら恐ろしい感情の硬化、感情の抑圧が起きており、特に、他者の痛みに対しては、全くと言っていいほど冷淡・無慈悲・無感覚なのである。
 ただ人の痛みに無感覚であるだけでなく、さらに進んで、一旦、自分の配下に置かれた人間であれば、永久に痛めつけては苦しめる機会を伺うサディスティックな願望さえ見られると言って差し支えない。)


  以上のような話から理解いただけますように津村師と我々の関係は消して良好とはいえません。思うに津村師が我々をやめさせたい二つの理由も具体的な理由というよりはむしろ、津村師自身の感情的な部分が大きいと思っております

  勿論、我々が未熟な点、人間関係での歩み寄りが足りなかった点などはあると思います。努力が足りないと言われればその通りかも知れません。しかし、これが私達の体験してきた偽らざるところです。今後における、教団の継承問題について、何かの参考にしていただければ幸いです。

 
㉜ 決して根拠のない感情的な理由からではない。私は私個人の問題としてではなく、今後の教会のことを考えて、A師を後継者と判断できなかった。

(津村氏はここでAB伝道師を「後継にふさわしくない」と判断したことは、「決して根拠のない感情的な理由からではない」と述べているが、その割には、津村氏の反論全体を読んでも、同氏の主張の正当性を裏付けるだけの具体的で信憑性のある「根拠」は何も示されていないのである。

 さらに「今後の教会のことを考えて」そう判断したと津村氏は述べているが、事実は逆で、同氏がこのような判断を下したためにこそ、津村氏自身も引責辞任へ追い込まれる羽目になり、鳴尾教会はその後も長年に渡り続く混乱に突き落とされたのである。それでも、津村氏はこの決断が「今後の教会のことを考えて」行われた正しいものであったとあくまで主張し続けるつもりなのであろうか?

 おそらく、ここで津村氏の言う「教会」とは、信徒らのことではなく、津村氏自身のことを指しているのに違いない。

 津村氏の言う「今後の教会のことを思って」とは、「今後の自分のためを思って」と同じ意味なのである。津村氏はおそらく、自分自身を鳴尾教会と同一視していたのではないか。彼にとって教会とは信徒の総意によって作られるものではなく、ただ同氏の意志だけによって成り立つべきものと見えていたのではないだろうか?

 「今後の教会のことを考えて」津村氏は、AB伝道師を鳴尾から追放した。「今後の教会のことを考えて」、津村氏と村上氏サイドは、後任の山田牧師夫妻も鳴尾の後継者にふさわしくないと判断し、異端疑惑をかけて中傷し、追放を試みた。「今後の教会のことを考えて」、彼らは鳴尾教会がアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団から離脱を決めた際、これを全力で阻止しようと、裁判までしかけ、教会をとことん疲弊・弱体化させてでも、自分たちの手中に取り戻そうとしたのである。

 このような津村氏+村上氏サイドの鳴尾教会への異常で偏執的なこだわりは、津村氏が永久に鳴尾の牧者でい続けたいと願っていたために生まれたものだしか思えない。同氏はこの教会を誰にも譲り渡すつもりがなく、鳴尾教会と自分自身を同一視していればこそ、引退後でさえ、同教会が自分を離れて他人の牧会の手に委ねられることが我慢できず、こうした一連の事件を引き起こしてでも、手元に引き止めようとしたのではないかと思われるのだ。もし、それでも教会が彼のもとに戻って来ないというならば、いっそ消滅させてやりたい。村上密氏はそんな津村氏の心中を理解し、これに寄り添い、同氏の意向を暗闇で忠実に実行に移せばこそ、鳴尾教会に今日に至るまであらゆる卑劣な方法で打撃を与え続けて来たのである。

 ここには何かしら理屈を超えた空恐ろしい執念、呪縛にも等しいしがみつきが感じられる。一体、地獄からの執念でないなら、そんな力がどこから生まれて来るだろうか。)



  以上のことを踏まえて今後の教団の後継問題に関して個人的な提案をさせて頂きたいと思います。勿論、個々の事例はケースが違うでしょうしどこまで適用できるか分かりませんが。

 先ず、前任者がいつ引退なさるのか定かではない場合は、簡単に後継者を派遣しない方がよいのではないかと考えます。というのは若い伝道者を入れることで牧師はますます仕事が楽になり、自分はまだまだやれるという気持ちを起こさせ引退の意志をにぶらせます。㉝(私たちの派遣以来、津村夫妻はセミナーだ大会だ海外だと教会を留守にすることが多くなりました)下手な派遣は無用な延命措置にもなりかねません。それならば、気力と体力が続く限り納得の行くまで、ご自分一人でなされた方がよろしいのではないでしょうか。勿論、その結果、教会の教勢が下降線をたどることは十分考えられますが、それくらいのリスクはご自分の責任ですからやむなしとするべきです。それでも大教会は底力がありますから、牧師が変わった時点で教勢を盛り上げるだけのエネルギーはあると信じます。

㉝ 私はA師が赴任するずっと以前から、セミナーや大会に出席していた。また、海外旅行をしている。

(この津村氏の反論も的を外れている。伝道師夫妻に月1日の休みも満足に取らせずに、自分たちだけセミナーや海外出張に行っていたことが問題なのである。そんな暇があるならば、教会内奉仕を手伝うべきであった。さらに津村氏がこうして出席していた大会やセミナーも、当時、教団が積極的に後押ししていた「ベニー・ヒン ミラクルクルセード」のような怪しい非聖書的なムーブメントだったのだから、それは教会に益をもたらすはずもない、無意味でむなしい活動であった。)

㉞ 大変非礼な発言である。

(伝道師の主張は、確かに思い切った発言ではあるが、彼らが当初は津村氏の引退を条件に鳴尾に招かれたのに、津村氏によって使い捨て雑巾のように粗末に扱われ、約束を裏切られた上、密室で異端の嫌疑までかけられて悪者扱いされて追放されようとしている心境を思えば無理もないことである。
 
 残念ながら、鳴尾信徒の方でも、津村氏の引退に関しては、伝道師と同じように感じていた。すでに述べた通り、信徒らにとっても、津村氏が一向に引退する意志を示さないことが、相当な重荷になっていたのである。鳴尾には若い後継者の育成が必要であり、そのために、津村牧師の適宜引退が望まれていたのに、津村氏だけが、その要求に耳を貸そうとせず、いつまでも自分は講壇に立ち続けたいと願い、それが可能だと信じ切っていた。

 高齢になっても自分の限界を自覚することもなく、信徒らの要望にも全く耳を貸そうともせず、全ての厄介な課題は自分以外の者に押しつけ、ただ周囲に一方的に自分に従うように求め、後学が来ても潰し、誰にも道を譲ろうとしない。そのような牧師に対しては、どうぞ気が済むまでお一人でやって下さい、という言葉の他に、誰にもかける言葉がない。

 非礼なのは、津村氏の方である。常に村上密氏を利用しては、重要な約束を証拠も残らない密室で相手に伝え、その約束さえ裏切って、教会に派遣されて来た伝道師を自分の雑用係のように使役し、気に入らなくなったからと言って、一方的な疑惑をふっかけて悪者にして追放し、信徒らに対しても何の釈明もなく、ただ自分の一存だけで行ったことを、あたかも伝道師の自主的な決断のように見せかけて、自分の本当の行いと動機をずっと隠したまま、いつまでも教会を私物化し続けようとした津村氏こそ責められるべきだということに、同氏は全く気づいていないのである。)


  第二に四人の伝道者、牧師をいつまでも雇うことは日本の教会の規模では教会の経済負担が余りにも大きすぎます。勿論、その分、伝道に力を入れて教勢をあげればいいと言うのは正論ですが、長年の伝統がある中で手かせ足かせをされ、㊱経済的裏づけもないまま青年伝道をしろ、日曜学校をしろと言われても実際は困難です。㊲出すアイデアをことごとく否定されるのではどうすればいいでしょうか

㉟ A師は何を手かせ、足かせと考えているのか分からない。

(当時の鳴尾では、誰よりも指導者である津村氏自身が率先して、自分の作り出した旧来のスタイルを守り抜くことに最も重きを置く超保守主義者だったので、新しい発想を柔軟に受け入れられるような素地は、教会内に形成されていなかった。信徒も高齢者が多く、新しいイベントを起こそうにも、必ず反対が起きた。このように改革を阻む伝統的で保守的な雰囲気を打破して、後から来た者が率先して組織に新しい空気を吹き込んで行くのは並大抵の苦労ではない。)

㊱ 青年伝道会計と日曜学校会計で予算を取っている。青年伝道会計はA師が預かっていた。毎月10000円の収入、SSは15000とっている。必要ならば役員会で検討して増額は可能である。このように経済的裏づけがあるのに、A師がこう発言するのはおかしい。

(上記の予算は、伝道師の一存で使い道を決められるようなものでなく、記憶によれば、青年伝道と日曜学校の現場にいる信徒らで常に話し合って使途を決めていた。そこで、これらは最終的にはA氏の監督下にあったとはいえ、それは名目だけのことであって、A伝道師の自由裁量に任された財源ではなかった。新しいイベントを起こすためには、従来の予算では足りないことが明白であるが、それ以前の問題として、津村氏は青年伝道や日曜学校の今後の展望の問題を、まるで他人事のように現場に丸投げしていたため、教会全体としてこれらをどう変えて行くのかという展望がなかった。さらにたとえ何かを提案したとしても、改革を拒む雰囲気もあった。このように、具体的なプランがなく実行以前の段階のものについて、予算請求できるはずもなかった。)

㊲ どういうアイデアを出したのか。「こんなん駄目だ」とこごとごく否定した覚えはない。方法を変える必要があることはのべた。

(津村氏自身、伝道師からどういうアイディアが出されたのか記憶にないのであろう。下からアイディアをあげさせてはダメ出しするばかりで、自分自身には具体的展望もなく他人任せだったことをよく表している。)


  第三に、もし後継者を入れるのであるならば、その前に牧師と役員の話し合いの場に理事も入って戴いて牧師は何年後に引退するという確約をはっきりといただくべきだと考えます。その場合も後継の先生のプライベートを確保するためには最低、㊳別にアパートかマンションを借りる配慮がほしいと思います。夫婦者ならばなおさらのことです。そうでないと精神的ストレスがお互いに余りにも大きすぎます。

㊳〇〇伝道師のとき(注:AB両師以前に鳴尾に赴任した伝道師のこと)、信徒のマンションを紹介したが、師は教会で良いと言われた。

(これも反論になっていない。◯◯伝道師は鳴尾への派遣当時、独身であったのだから、当然、妻帯者と同列に論じるべきではない。

 後継問題については、開かれた公の話し合いの場で、具体的条件提示がなされるべきであり、村上密氏が密室で介入すべきでなかったのは繰り返すまでもない。)


  第四に後継と言っても実際、㊴我々は今のところ具体的なことは何一つ教えられておりません。信徒との人間関係が強くなった点では意味がありました。しかし、その程度のことなら何年もかけて引き継ぐ必要はないように思います。大教会というのは役員がしっかりしています。牧師が急に変わっても順調に機能していくのではないでしょうか。いずれにせよ、何年間かのスパンをおいて後継を潤滑にするという考えはいかがなものでしょうか。

㊴ A師が正教師を取った後、来年は主管者にという希望を持っていることを個人的に話したが、その後、いろいろな問題点が判明し後継を断念せざるを得なかった。

(このことについても繰り返す必要がない。津村氏には最初から引退する意志がなかったのである。)

 第五に引退に際して、一番の問題となるのは、㊵退職金のことです。不況が続き、教会内も高齢化が進んで、年金暮らしの人が多い中、退職金の話は非常にデリケートな問題です。やはり理事会に中に入っていただいた方が無難ではないかと思います。

㊵ 私は退職金については一度も役員会に言ってはいない。転任する者の役員会に対する干渉である。

(「転任する者の役員会に対する干渉」という津村氏の言葉には、村上密氏を通した策略が功を奏して、伝道師らに異動届を書かせたことを、まるで鬼の首でも取ったように勝ち誇っている様子が伺える。不都合な後継は追い払ったので、鳴尾は自分の好きにさせろというわけである。

 「役員会に対する干渉」という言葉も、事実上、津村氏が役員会を私物化していた状況をよく表している。津村氏はあえて退職金について明確な希望を述べないことにより、役員会を同氏の意向を忖度して動く機関へと変えてしまったのである。

 津村氏のこのやり方は、村上密氏と同様である。重要な問題について、あえて明言しないことによって、自分から何かを要求したという形跡を残さず、あたかも信徒らの方から自主的に提案がなされたような形へ持っていく。故意に重要な話をあいまいなままにしておくことによって、周囲の者を不安に陥れ、結果として、信徒の自主性を装いながら、実際には信徒らに彼らの意向を忖度して行動するよう仕向けることが、彼らのマインドコントロールのテクニックなのである。)


  幸い、私は牧師師弟ですので〇〇(家族)に相談できました。しかし、何の相談相手もない場合、あとから派遣された伝道者は泣き寝入りするしかないのでしょうか主管から一方的に悪者扱いされ、闇に葬られてしまわないとも限りません。今後、こういう事態が起こらないように継承問題には細心の注意を払ってご配慮いただきますように提案させていただきたいと思います。それを避けるためには、理事者とザックバランに本音を語れる場があるといいと思われます。

(残念ながら、教団はすでに当時、このような良心的な忠告に耳を傾けるには手遅れな状態にあった。津村氏と村上密氏の結託、村上氏の暗躍により、鳴尾教会のみならず、教団自体が彼らの思うがままに操られる危機的状態に至っていたのである。

 AB両氏が津村氏に睨まれながらも教団を追放されずに済んだのは、ただ彼らが村上サイドからの取引に応じて自主的に異動届を出して鳴尾を去ったためだけではなく、彼らには村上密氏と関わりのない別の牧師師弟のネットワークがあったためと思われる。もしそれがなければ、A氏の述べている通り、彼らは間違いなく津村氏と村上氏により「一方的に悪者扱いされ」、汚名を着せられて「闇に葬られていた」ことであろう。)


 尚、ここに書いたことの一部はB師が以前一度、㊶理事長に直接電話で相談したことがあります。理事長は誰にも他言しないということで聞いてくださいました

㊶ 理事長が「誰にも他言しない」ような内容の文章が、なぜA師から鳴尾の信徒に渡っているのか理解に苦しむ。

(津村氏は、まるで伝道師が信徒らを「扇動する」ために、この手紙を故意に信徒らに配布したとでも言いたげである。

 しかし、理事長が「他言しない」と約束したのは、B氏の電話相談の内容についてであり、それも伝道師夫妻のプライバシーに配慮しての約束であったと考えられる。津村氏の評判をおもんばかって、相談内容を「内密にしておくよう」理事長が伝道師夫妻に忠告したわけではないのである。

 また、この書簡は総務局長に宛てられたものであり、この書簡の内容について、「他言しない」との約束を義務として負っている者は誰もいない。

 確かにこの書簡は、教団側から配布される前にすでに信徒らに存在が知れていた。だが、そうなったのも、津村氏が信徒らの頭越しに、教会内できちんと物事を議論せず、信徒らの同意もないまま、不明な理由でAB伝道師を追放しようとしたことがきっかけとなって起きたことである。

 いかに表向きは伝道師らが自主的に異動届を出した形になっていても、鳴尾信徒らは誰もそれが伝道師の本意だとは思っていなかった。そこで、この決定に納得できないものを感じ、その背後には、津村氏の暗黙の意向が強く働いていることや、深い暗闇があることを察知して、信徒らが真相を追求しようと試みたのである。伝道師の方でも、弁明の機会も与えられず密室で悪者とされたまま、信徒らに釈明もなく無責任な態度で鳴尾を去るわけに行かなかったのは当然である。

 こうした事態は、津村氏がきちんと物事を教会内で公に議論した上で、信徒らの納得を得てから進めていれば、決して起きなかったことである。従って、同氏は、自らの独善的な牧会が原因で引き起こされた事態について、伝道師や信徒らを一方的に責められる筋合いにはないのである。)

  <略>

 よろしくお願いいたします。2001年10月20日
 
 伝道師A・B

教団から配布された資料スキャン 津村氏の直筆の手紙と伝道師らの書簡(PDF)









/HOME/